メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

移民労働者受け入れの行方

 東京の大規模な社会福祉法人の年度初めの研修会に、先週、講師として参加しました。
 この4月から職場に入る新人も大勢参加していましたが、この法人の理事によると必要な職員数を確保できていないといいます。

 この理事は、障害者支援の分野でも、外国人労働者の受け入れに対する期待が高まっていると言います。事業者の幹部職員の集まりでは、「外国人受け入れの話題ばかりになってきて、このままでいいのかと疑問に思う」とおっしゃっていました。

 高齢者を中心とする介護の分野では、すでに外国人労働者の在留資格となる「特定技能」の試験がはじまり、いよいよ長年の「期待」が現実になりつつあるようです。

 しかし、本当にこのまま受け入れを進めるだけいいのでしょうか。福祉や介護の仕事はコミュニケーション労働ですから、「特定技能」で日本語が軽視されているという問題は、とても看過することはできません。

 それでも、ひとまず日本語の問題を脇に置くとして、もっと重要な問題が奥に潜んでいるような気がするのです。イギリスのプレグジット(EU離脱)と通底する問題がありはしないのか。

 イギリスのEU離脱問題の背景には、主権回復と移民の問題があったと言われています。当面するイギリス経済の困難よりも優先される重要課題の一つが、移民の問題でした。日本は、イギリスと同様に大陸の辺境にある島国です。

 京都では、外国人旅行者の増加に伴って、日本人観光客の減少に歯止めがかからない事態に陥っています。京都本来の落ち着きのある街の佇まいは、外国人のオーバーツーリズム(観光地が耐えられる以上の観光客が押し寄せる状態)によって破壊されていると、日本人には受け止められつつあるのではありませんか。

 先日、ラジオを聴いていると「温泉とインバウンド需要」をテーマに、ある間抜けなコンサルが次のような話を得意げに語っていました。

「外国の方には、水着やパンツを着用せずに温泉に入ることへの抵抗感を持つ方がたくさんおられます。また、タトゥーは外国人に一般的なお洒落として広がっていますから『タトゥーのある方の入浴はお断り』も受け入れの障壁です」

「日本の温泉地が、インバウンド需要に本気で応えていくのであれば、水着やパンツの着用やタトゥーのある方の入浴を受け入れていく必要があります」

「そうしなければ、温泉地だけが外国人観光客を取り込めずに置いて行かれることになります」

 日本の温泉をこよなく愛する日本人としてはっきり言わせてもらいます。外国人観光客を当て込んで、日本の温泉文化を破壊するまでの「金儲け主義」を吹聴するこのコンサルには猛省していただきたい。

 山間のひなびた温泉地の露天風呂で、派手な色合いの水着を着用し、体のそこかしこにタトゥーを入れた外国人が大勢入浴している場面に出くわしたとすると、おそらく、私はその温泉地に二度と行かないことを心決めすると思います。

 それは、外国人に対する偏見・差別やナショナリズムの問題ではなく、文化的アイデンティティの問題です。世界各国から学生を受け入れる大学のある別府では、さまざまなお国から来た方が、みんな日本の温泉文化になじんで温泉を楽しんでいます。ここには、日本で学んでいるという立ち位置があります。

 それに対して、観光客の多くは、訪れた土地の文化を「味わう=消費する」だけで、創造することはありません。場合によっては、訪問先の文化を尊重することもなく、自己流に楽しむだけに終わる観光客もたくさんいます。これが「旅の恥はかき捨て」とオーバーツーリズムの本質ではありませんか。

 そして、先の品性のないコンサルは日本の文化を捻じ曲げても商機を逃すことなく、「ここで儲けさえすればいい」とラジオで吹聴しているのです。

 これと同様に、日本を訪れた外国人労働者は「稼ぐ」ことに第一の目的があり、日本の生活文化に対する構えは人それぞれでしょう。

 歴史的に移民を受け入れてきたアメリカには、都市ごとに「リトル東京」の名称がつく日本人街があり、その他にはチャイナタウン、スパニッシュ街、イタリア街…と出身国の人が集まって暮らす街があります。それらの街は、異国にあって、それぞれの出身地の生活文化を享受できる故郷のようなところです。

 職場では日本の慣習や文化が基本になるとしても、外国人に生活面まで日本の文化を強いることは抑圧となります。そこで、群馬県大泉町のブラジルタウンのような街が、さまざまな国の街に種類を増やしながら、全国各地にできつつあるのがわが国の現状です。

 このようにみてくると、生活を支援する営みである福祉と介護の仕事に外国人を受け入れるには、日本人の生活文化を丸ごと理解してもらう必要が出てくる点に、特別の課題があるのではないでしょうか。

 このような難問を、介護現場における人手不足の解消を錦の御旗にして、介護実務の表面的な課題に矮小化していませんか?

 私は、このまま外国人労働者受け入れの問題に伴う様々な課題を十分に検討せず、必要な体制整備をしなければ、深刻な事態に直面することを心配します。

 日本人の抱く文化的アイデンティティに亀裂をもたらし、ただでさえ同調圧力の強い日本人の国民性の下では、外国人受け入れを進めていったある臨界点で、「移民排斥」の動きが沸騰することになりはしないか。

 外国人労働者を受け入れる経営者にとっての「メリット」は、人手不足を解消することに加えて、賃金の上昇圧力を弱めることにあるはずです。簡単に言えば、日本人と外国人が仕事を取り合いすることによって、日本人が待遇に不満を言うのであれば「外国人を雇いますよ」と「買い手市場」にすることができる。このメリットは、経営者にとっては、はかり知れないでしょう。

 このような運びになると、介護・福祉分野の待遇改善の動きにブレーキがかかり、支援現場のチームワークや支援課題の共有等の支援の営みそのものに支障をきたすことも予想されます。

 そうして、外国人を含めた民衆における「労働者」としての分断構造に、文化的アイデンティティへの葛藤や亀裂が交錯したところで発生する社会的統合の危機は、そう遠くないわが国の将来に訪れるのではないでしょうか。

サクラソウ

 毎年この時節には、埼玉県の花であるサクラソウの画像を掲載してきました。ヒット中の映画『翔んで埼玉』に描かれた事態とは逆に、他の都道府県から埼玉県のサクラソウ自生地を訪れる観光客には「通行手形」の提示を義務づけるようにすればいいでしょう。オーバーツーリズムの予防になります(笑)

【前の記事】

平成からの心機一転

【次の記事はありません】

ホームへ戻る