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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

キュビズムで行こう!?


少年老いやすく学なりがたし

 私は、虐待問題には、実践・教育・研究が三位一体で取り組む必要があるとしてきましたが、パブロ・ピカソの代名詞「キュビズム」同様の発想だと思っています。異なる(視点からの)景色を一幅の絵に収斂(一点集中)しようとするからです。

 まずは「実践」の景色。私は、問題発生の仕組みや対応の機序に関する知見を重視してきました。一次・二次・三次予防の鍵を握る事前評価や対応計画立案に直結するからですが、ニーズ・モデルを例に考えると分かり易いと思います。

 ニーズ・モデルは、ニーズを充足すれば問題は解消するという考え方です。しかし、「喉の乾きにはビール」ではかえって喉が乾いてしまうように、虐待事例は一筋縄ではいかないことが多いため、病理性を見立てる必要があります。

 そのため、「支配と服従」や「家族中心主義」など、さまざまな説を紹介してきましたが、とうてい満足のいくものではありません。また、実践を支えるための法令や制度を見直す必要もありますから、まさに「少年老いやすく学なりがたし」です。

細工は流々仕上げを御覧じろ

 次は「教育」の景色。私は、実践の難しさを承知しながらも、研修では実効性を重視し、「アルトサックスの練習」のようなシンプルな内容を理想としてきました。たとえば、第1段階では、楽器を使わず「スイカの種飛ばし」の練習をします。

 口の使い方が同じなのだから、楽器に触れなくても練習はできるからです。そして、第2段階もシンプルです。縦並びの7つのキーだけを使って演奏できる曲を練習するのですが、効果は絶大で、ドレミの音階を一通り出せるようになります。

 そして、最後の第3段階もいたってシンプルです。決まったフレーズの繰り返しが多い曲を通しで練習します。するとなんと、たった1日で1曲演奏できるようになります。練習とその成果が螺旋状につながり、まさに「細工は流々仕上げを御覧じろ」です。

知性と感情と意志と

 最後に「研究」の景色。私の長年の研究課題は、「虐待、DV、ストーキング、リベンジポルノ、いじめ、ハラスメント、刑務官による受刑者への暴言・暴行、ネット上の誹謗・中傷などは、『場』の違いに過ぎないのでないか」です。

 むろん「場」とは、物理的な場所ではなく、社会心理学者のクルト・レヴィンのいう「人の特性と周囲の環境が相互に関連している構造全体」です。こう考えると、同根の問題が場を違えて発生する事象として、包括的に捉えることができます。

 そのうえ、量的にも質的にも研究を進めれば、EBPMにつなげられますし、取り組みの基本中の基本である、虐待の行為5類型の再検討もできますから、より良い法令や制度への道を切り開くことができます。

 しかし、異なる景色の収斂には「既得権益や思い込みへの囚われ」などが障壁として立ちはだかります。それを乗り越えるためには、人々の「知・情・意」もまた一幅の絵のように収斂せねばならず、実はこれが最大の難関なのかもしれません。

本連載は今回で終了となります。
長きにわたってご愛読いただき、ありがとうございました。

「知・情・意で、おしゃんのしゃん!」
「それじゃ狐拳の三すくみ…」

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