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福祉の現場で思いカタチ
~私が起業した理由わけ・トライした理由わけ

介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。


●インタビュー大募集
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花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第19回④ 山木薫 knock-knock 共同代表
アートと人をつないで社会的課題に取り組む
病院の院内学級の子どもたちにも届けたい!

knock-knock 共同代表
山木薫(やまき かおる)
2014年4月、東京都美術館×東京藝術大学「とびらプロジェクト」のアート・コミュニケータ有志と「knock-knock」を立ち上げる。アートと出会う機会の少ない児童養護施設を対象にした鑑賞プログラム「ミュージアムに行こう」を企画・実施し、アートとの出会い、アート体験を通じて社会の多様な価値観に触れる機会を創出するなど、アートを介した社会支援を展開する。


取材・文:進藤美恵子


 前回は、金銭的な面だけではなく、さまざまな効用をもたらす助成金を活用するメリットについて教えていただきました。最終回の今回は、社会的課題に取り組む「knock-knock」の将来について伺っていきます。

──活動に手応えを感じるようになったのはいつ頃ですか?

 最初のプログラム実現までに半年を要し、2回目ぐらいから張り詰めた緊張感がふっと消え「knock-knock」が独り歩きした感じがあります。子どもたちから「ノックノックさん」と呼んでくれるようになったときはすごく嬉しかったです。美術館へ申請書を提出するときも「knock-knockです」と照れずに名乗れるようになり、活動が本当に始まったのを実感しました。

 はじめの2年間ぐらいは試行錯誤の連続でした。特定の児童養護施設に住む30名の子どもたちと順番に向き合いました。上野公園の馴染みのある文化施設の中でほとんど同じ内容のプログラムにいろいろな子どもが参加しました。

 3年目になって、ほかの児童養護施設が参加するようになり、6歳から19歳と対象者の年齢の幅も広がりました。上野公園から離れたミュージアムでも施設の希望を優先してプログラムを組み、活動の場を徐々に広げていきました。

──参加する子どもたちや、施設側の反応は?

 最近では展覧会情報をリスト化して「どこに行きたいですか。今、こんなことが東京の美術館、博物館で行われていますよ」と情報を提供すると、施設や子どもたちが選んでくれます。また施設から「子どもがここに行きたいと言っていますが、いかがでしょうか?」とリクエストがくることもあります。

 子どもの声に応じて、「knock-knock」の活動では行くことはないと思っていた「ピクサー展」(@東京都現代美術館、2016年3月)、「動物園」(@上野恩賜動物園、2017年12月)、「ミイラ展」(@国立科学博物館、2019年11月)に行ってきました。

 子どもたちが鑑賞体験を積むと成果が視覚化されてきます。鑑賞の幅ができ、深める、考える力になっていると当日の“キロクシート”や子どもたちの言葉、お礼状からも読み取れます。鑑賞後に必ず記録シートを書く時間を確保しています。

 集中して記録シート作り、それぞれが夢中で取り組みます。字を書くことができない小学校1年生はチラシを貼ってデザイン化された図録の表紙のような作品を作っていました。書くことの好きな小学校4年生は小学校新聞に美術館だよりとして「knock-knock」を紹介してくれたようです。

 「ミュージアムに行こう」は、児童養護施設との共同主催です。施設もそれぞれの目的を持って、交通費、昼食費は自己負担で参加しています。実施日のグループ分け、「knock-knock」のペアリングなど、施設の目的に沿って決めてもらっています。

 日頃から養護施設では、子ども同士の交流や、他者と関わる機会がとても少ないです。
 knock-knockさんだからと私たちメンバーと関わることを目的として参加する施設もあります。その場合はknock-knockさんオススメアートスポットに行きます。子どもたちが施設から電車やバスなど公共交通を使って街に行く、社会性を培うことに意義を見出すお出かけを目的とした場合もあります。

 さまざまな目的でご利用いただく中で、引きこもりをしている子どもたちの学校復帰のきっかけにしたいという施設も出てきました。今まで5人くらいでしょうか、「ミュージアムに行こう」に参加したことで学校に復帰することができたと報告を受けるととても嬉しいですね。

──「knock-knock」の活動のコツや将来の夢を教えてください。

 そうですね、どの施設も職員さんたちがいろいろな仕事を兼任されてとてもお忙しいです。連絡を取るのが容易ではなく日程調整が一番たいへんですね。美術にふれるきっかけを作ろうということに共鳴してくれる職員の方が一人でもいれば、それが突破口となって実現していきます。そういう方にコツコツと働きかけて繋いでいくという感じです。

 施設の窓口の担当者が変わる場合も多く、対応もそのたびに変わります。半面「knock-knock」の名前が徐々に施設内での広がりを感じて信頼ができていっていると電話応対等で感じられるようになっています。信頼関係ができるまで地道にじっくりと準備することが近道かなと思っています。
 でも職員の方にアート鑑賞の意義に賛同いただけない場合は、自然とお返事がこなくなります。そこの施設の子どもたちから「また来たい!」という声があっても、実施できるかどうかは施設次第です。

 それから事後を大切にしています。アンケートを送り、検証するようにしています。当日「knock-knock」のスタッフからヒアリングして、一人一人の子どもの様子を些細なことも包み隠さず施設にお伝えます。よいことも悪いこともすべてです。

 そして当日の子どもたちへの対応では、素晴らしいことは素直にその場で褒めたたえます。私の場合、孫のような気分で接しています。ときには子どもたちにいけないことはいけないと伝えることも大切かなと思っています。

 一社会人として、ぶれない気持ちを持つことでしょうか。「knock-knock」からの一方的な想いだけではなく相互理解してもらえるように人を思うこと、想像することが原点です。実際は子どもたちから教わることの方が多く、ときには「山ちゃん、頑張っているよ」と労ってもらっています(笑い)。

 多くの美術館・博物館では学校への観覧料等の免除申請がありますが、児童養護施設は学校待遇にはできないと制度からほとんどの場合、もれてしまうのが現状です。
 一方でプログラムを一緒に考えようと申し出てくれる文化施設もあります。孤立や貧困、環境や制度で子どもたちが機会を失うことのないように、きっかけ作りをしていきたいと思います。

 今の夢は、院内学級の長期入院中の子どもたちを美術館に連れていくことです。
 これからもいろんな扉をノックノックしていきたいです。

渋谷マークシティ」にて


【インタビューを終えて】
 アートにふれるきっかけづくりを通じて社会問題を解決する「knock-knock」の活動。親でも先生でもなく、「ノックノックさん!」と頼ることのできる大人との出会いも子どもたちに受け入れやすいのかもしれません。子どもたちにとって、ノックノックさんはどんな人なのか聞いてみたいなと思いました。(進藤美恵子)

【久田恵の視点】
 「ミュージアムへ行こう」、なんて素敵な呼びかけでしょう、ワクワクしますね。
 私の世代ではミュージアムへのお出掛けデビューは、大人になってからのこと。今は子どもたちは、小さな頃から美術館や博物館などに親しむ恵まれた環境が用意されていますが、そう言った文化体験にも育つ環境で格差があるのは悲しすぎです。「knock-knock」の活動の視点やきめの細かい活動に目を開かされますね。