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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

「持続可能な制度」とは

 最近の新聞における虐待報道の扱いは、記事の位置づけと内容の両面で適切になってきたものと受けとめています。4月7日付朝日新聞朝刊は、1面と2面で日本高齢者虐待防止学会と朝日新聞社の実施した自治体調査結果から高齢者虐待の実態を明らかに、5月17日読売新聞朝刊は、社会面の2ページを使って現代の養育困難・虐待と親権停止申し立ての実態について報じています。

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 いずれの報道も、「虐待者―被虐待者」の二者関係に閉じた問題として虐待を扱うのではなく、虐待をとりまく暮らしの実態から多様な発生関連要因に迫ろうとしている点で、まことに適切な光のあて方だと考えます。

 朝日新聞の高齢者虐待の報道では、「虐待の6割孤立介護」「全体の半数困窮世帯」と見出しをつけ、「家庭で高齢者を虐待した人の約7割が男性で、息子が4割強」と最多であると指摘します。

 虐待者の多くが男性であるにも拘らず、2011年から男性向けの介護教室をはじめた長崎市の事例から、「各回の定員20人に対し2~4人しか集まらない」実態があり、「男性をどうやって引き出せばいいか」と悩む自治体の悩みを紹介しています。

 有識者のコメントは、「2000年に『介護の社会化』をうたい介護保険制度が始まったが、主な介護の7割を家族が担う実態は国の統計でも当時とあまり変わらない。介護負担や経済的困窮といった虐待の要因は社会の抱える課題でもあり、社会全体の取り組みが必要だ」をはじめ、総合的な虐待克服のための課題を指摘しています。

 読売新聞の報道は、「家庭を失う子どもが増えている」実態の背景に、生活苦(失業・不安定就労・経済的困窮等)と孤立の一体的進行があり、「周りに頼れる人いれば」予防できる地域の仕組みが失われた問題の深刻さを指摘しています。

 少子化による児童人口の減少があるにもかかわらず、施設で暮らす子どもたちが増加している問題の指摘も重要です。「18歳以下の人口はこの10年で1割も減ったのに、児童養護施設や乳児院、里親などに預けられた子どもは約2500人増え、2011年度末には約3万6700人に上った」とし、児童相談所の一時保護件数は「約2万件で、10年前より2500件増加」し、児童養護施設に対する一時保護委託も「約1万件と倍増した」とあります。

 親権停止の申し立ては、昨年4月の制度導入から同12月の間での間に120件あり、児童相談所からの申し立てについては、親権喪失宣告しか認められていなかった従来の制度よりも、子どもを守るために有効に機能している点を評価しています。

 さて、これらの報道に接すると、他の方向から耳に入り込んでくる介護保険や保育所に関する報道と大きな矛盾を感じます。

 介護保険から要支援を切り離すとか、都市部の保育所不足に対する親御さんたちの「異議申し立て」が相次いでいるという報道です。これらはいずれも、虐待がより発生しやすい状況を産出する介護・福祉サービスの貧しさに過ぎません。わが国の福祉政策の方向性は果たして定まっていると言えるのでしょうか。

 国連食糧農業機関FAOが、環境に過度な負荷を与えずに少量を有効に確保するには、昆虫を食糧とすることを奨励する報告をしたとの報道に接しました。するとさっそく、有名な料理人が昆虫を食材とする料理を創作するというテレビ番組が流れました。

 率直に言いますが、この手の番組はテレビならではの浅はかさを表わすものです。というのは、私の学生時代、友人がこの方面の研究をしており、「昆虫食のあれこれ」「新たな昆虫調理法」なんてことを私に会うたびに話していたからです。つまり、その方面の専門家にとっては数十年前からの常識に過ぎないことが、国際機関の報告書にまとめられただけのことでしょう。今さら騒ぎ立てるほどの話ではありません。

 これと同様に、わが国の少子高齢化をめぐる施策の課題は、私の学生時代にあらかた指摘されていました。もちろん、経済と雇用をめぐる社会情勢の詳細は予測されていなかったとしても、介護・福祉サービスの基幹的部分の整備課題については、明らかにされていたと考えます。

 ところが、現在、高齢者を家族に抱えると介護の問題を含めて暮らしの見通しが立たず、子どもを産むと子育ての問題を含めて親子の暮らしが見通せないのです。かなり以前から予測されてきた課題であるにも拘らず、生活困難の予防に資する施策がたてられてこなかったのはどうしてなのでしょう。

 そこで、この間に施策のキーワードとして使われてきた「持続可能な制度」とは一体何のことなのか、改めて考えてみたいのです。

 私見によれば、「持続可能な」の意味には二つの面が必要です。一つは、それぞれの国民の立場において「命と暮らしをつなぐことが持続可能な制度」という意味であり、もう一つは財政的に持続可能なという意味で、これらが両立していない限り「持続可能な」という言葉を用いる意味はありません。わが国の現実は、介護においても、子育てについても、「命と暮らしをつなぐことが持続可能な制度」の視点と内実を喪失してきたからこそ、子ども虐待と高齢者虐待が深刻化してきたのではないでしょうか。


コメント


横浜市の取り組みをきっかけに「待機児童ゼロへ」の風潮が高まっているように感じられます。
問題解決の手段として、福祉の世界への企業の参入があげられています。しかし、もし企業側が経営困難に陥った場合一斉に手を引いてしまい、結果たくさんの児童が保育所を失うというリスクがあるようです。
持続可能とは言えないでしょう。
なぜこんなことになるまで何も対策ができなかったのだろう、と思います。
保育所にしても老人ホームにしても、ただ数を増やせば解決するわけではないということくらいわかります。しかし足りないです。
「女性はまず子育てをしっかりして、それから余裕があれば仕事に復帰すればよい」「なぜ自分を育ててくれた親を施設に預けるのか、施設もパンク状態だというのに」このような考えをもつ方もいると思います。
けっして否定はしませんが、一日中母と子だけ(「父」はいない)、介護者と被介護者だけという状況は健全であるとは思えません。
働かなければならない、しかし預ける先がない。でも自分が一日中付き添うのは無理…
運よく見つかってもお金が尽きたら終わり…
とどめは、頼れる相談相手もいない。
このような先が見えない不安で、親や介護者が追いつめられてしまっていると思います。


投稿者: ケン坊 | 2013年05月26日 11:48

介護、子育て、これらは簡単に行えることではなく、楽しい、嬉しいと感じるだけのことでもありません。
その背後には、必ず多くの苦労が付いてきますし、悩まされることもたくさんあるはずです。
そのような状況下で、虐待という問題は後を絶たないわけでありますが、宗澤先生もブログでおっしゃられていたように、私自身も「虐待をする者、虐待を受ける者」という二者関係だけで考えるのではなく、その周りの環境、暮らしにも目を向けることはとても重要なことであると考えています。なぜなら、虐待の原因は、視野を広げなければ見えてこない部分が数多くあるからです。
「持続可能な制度」という話しに移りますが、持続可能な制度は率直に言うと、整っていないと考えます。しかし、この点においては多くの人々も感じてはいても変えることが出来ないからこそ、難しさをより感じているようにも思われます。そのため、最初は難しく考えすぎることなく、まずは行動に移すことを念頭に置くことが重要なのではないでしょうか。
行動に移した時、必ず新たな展開は生まれてくるはずです。


投稿者: スマイル | 2013年05月31日 20:44

少子化の世の中で待機児童や乳児院などの施設で暮らす子供が増加しているのは非常に不思議なことだと思います。
その原因に晩婚化と育児休暇制度の取得に抵抗を感じる人々がいることだと思います。
晩婚化により子供を産まない夫婦が増加したことは少子化を加速させる要因となっています。ですがそれ以上に育児休暇制度の取得に抵抗を感じている人々がいることが問題だと思われます。
特に最近の男性が育児休暇を取得することに抵抗を感じているようです。
実はその抵抗を少しでもなくしていこうとするために以前、広島県知事の湯崎英彦氏が育児休暇を取得し育児をされていました。これはニュースとして取り上げられたこともあり、これは社会に育児休暇取得の抵抗を減らす手助けになったのではないかと思います。
今以上に育児休暇を取得しやすい環境になれば待機児童や乳児院で暮らす子供たちが減少していくと思います。
これからの世の中が結婚して子育てがしやすい環境になることを強く願っています。


投稿者: ブラック | 2013年06月15日 19:53

今回このブログを読んでさらに虐待についての見識を深めることができました。高齢者虐待の加害者の7割が男性という事実にも驚きました。ブログでも指摘されておりましたが、国の介護や経済に対する保障制度の十分ではありません。社会全体で介護負担や経済的困窮といった虐待の原因となるものを解決していくべきだと思いました。もう一つ指摘されていた、児童の減少に反比例する児童養護施設への相談件数の増加に対しても、国をあげて、相談者が安心できる制度、施設を創設していくことが重要な課題であると思いました。


投稿者: アップル | 2013年06月21日 18:05

子ども達や高齢者に対する虐待が一向に減らないのは、国や自治体の根本的な政策がなっていないからだと思われる。
改めて考えてみると、少子化が進む時代であるのに児童虐待、相談件数が増えるのはおかしい。日本が経済的に「豊か」であるはずなら、これらの問題は減っていくはずだ。ところが現実は増えているのである。
なぜ待機児童や虐待の問題、今の日本の家庭の深刻な経済状況などに国は根本的な取り組みをしないのだろう。本当に今の日本は持続可能な制度の「財政」の方ばかりに目を向けて、「命と暮らし」の方には目が向いていないように思われる。
対策に関して、国はただ福祉費など金を増やせば良いと考えているだけなのではないだろうか。それでは良い方向に向かうはずがない。


投稿者: だしなの | 2013年07月01日 13:04

持続可能な制度、これは中国で何回も聞きました。
中国では、最近経済発展が急速していますが、環境や教育など精神文明建設はまだまだ低いレベルとは言えます。特に大気汚染は、今中国で深刻化にしています。この間の中国北京からのPM2.5は、日本のみなさんに中国の空気の汚さを見せました。中国の経済発展はものすごい進歩したにもかかわらず、いろいろの問題も解決されていません。たとえば、食品安全です。何年前のこと何ですが、中国の毒ミルク事件で、数多くの赤ちゃんがひどい病気になり、身体的一生でも治らないという。全国の人が恐ろしかった。このミルク会社は中国で一番有名で、何十年の歴史を持つミルク界の柱でもいえる会社です。こんな不祥事があって、中国の食は誰に信用して、誰に頼んだらいいだろうってを私は考えました。赤ちゃんやこともは親にものみならず、国にとって、大事な大事なものだろう。彼らの食を慎重に扱かわければならないです。
しかし、中国はミルク事件だけではなく、ほかにもいろいろな食品安全事件が発生し、日本にいる留学生の私が、食事安全問題にかなりうるさい日本と比べて、中国の食品安全に心配で、注目しているうえ、中国の政府には一刻も早く、いい政策を出してほしいと思います。


投稿者: Jenny | 2013年07月02日 21:03

今回の話の中に「主な介護の7割を家族が担う実態」とありましたが、高齢者などの介護を必要とする人を抱える家族の苦労はよくメディアで取り上げられているように感じます。また、ブログの中では家族からの虐待が取り上げられていますが、介護の苦労に耐えられずに自殺してしまうというケースも存在しているのも事実です。このような家族の悲劇の背景にある介護負担・経済的困窮といった問題を解決していくための社会全体の取り組みは重要だと思いました。新たな被害者を出さないためにも保障の制度をより充実させていく必要があると思いました。


投稿者: りんご | 2013年07月03日 00:15

おっしゃる通り、虐待は「虐待ー被虐待者」の二者関係のみではなく、周りの環境が大きく影響してきます。つまり、周りの環境次第で虐待を引き起こすことも防ぐこともできるということを示しています。児童養護施設や相談センターの充実はもちろんのことですが、まず身近な人(例えば友人や近隣の住人)が子育てをしている親に積極的に声をかけることで違ってくると思います。親に孤独を感じさせないことが重要です。地域で協力して子育てを頑張る親を支援していきたいです。


投稿者: とっとこハム太郎 | 2013年07月03日 23:40

虐待の問題において当事者の二者間による問題以上に周りの環境が関係を左右するとのことは先生のコメント、講義中の話からも虐待問題解決においてのキーポイントであるように強く感じます。日本の介護分野での問題解決について、一般に介護側のサービスの充実を図ることを考えることが多いように思うのですが、私はもっと被介護者のほうがもっと自立して生活を楽しく、誰かに何らかの負担をかけていると思わずに生活できるような支援ができないものかと思います。まだまだ実用化は難しいかもしれませんが、一般に言う介護ロボットなどにも期待しています。被介護者は気兼ねなく生活していけるのではないかと思います。その中にさらにそれぞれの孤立を防ぐために簡易なスポーツなど体の状態にあまり関係なくできるものでコミュニケーションをとっていけば被介護者を助けることになり、それは介護側も助けることになるのではないかと思います。


投稿者: パンダマン | 2013年07月09日 13:22

介護関係の過剰ストレスによる高齢者に対する虐待や子供に対する虐待は悲惨な問題だと思います。どのような意味で悲惨なのかというと国が問題解決への明確な効果的手段を持っていないところにあると思います。介護の約7割を家族が負担している現状が非合理的かつ非効率的であることは周知の事実であるのだから社会的な介入が絶対的に必要なのです。これから更に少子高齢化が進んでいく日本社会に国、社会が制度改革に一石を投じることを期待します。


投稿者: tame | 2013年07月10日 13:13

「持続可能な」という言葉は最近あらゆる場面で聞くフレーズである。21世紀に突入し、社会や環境問題が多様化する中で、「持続可能な」という言葉の意味を我々は考えていかなければならないが、その中にも介護や子育てという要素が存在することを知って見識が広がった。
少子高齢化社会は以前から言われていた問題であるが、それに伴う高齢者への虐待や、児童養護施設への子供の増加は国を挙げて取り組まなければならない課題だろう。このままでは環境問題の「持続」が喪失する前に社会が破綻してしまう。
人間と人間の関係だからこそ、早急に改善しなければならない。それがこのブログの話題を通して感じた一番のことである。


投稿者: アヒル将軍 | 2013年07月10日 19:04

以前から少子高齢化や介護・福祉に対する整備は問題になっていたのに、現状はあまり変わっていないどころかさらに悪化しています。『介護においても、子育てについても、「命と暮らしをつなぐことが持続可能な制度」の視点と内実を喪失してきたからこそ、子ども虐待と高齢者虐待が深刻化してきた』という先生の言葉にとても納得しました。本当にこれらの課題を解決するにはもっと市民の立場にたつことが必要だと思います。政府は経済的支援ばかりでなく、市民の立場にたって解決策を打ち出し、よりよい保障制度を作っていくことが大切だと思います。国はもっと市民が頼れる環境を作っていくことが必要です。


投稿者: ∞ | 2013年07月10日 21:24

私も虐待は周りの環境が深く関わっていくと思います。虐待された人がもし周りの人間にいっていたのであれば何かしらの対応がなされると思います。しかし周りの環境が整っていないという理由や、周りに虐待を相談できる人がいないなどの理由で虐待が深刻化してしまったり、発見が遅くなってしまうのだと思います。社会全体で虐待者を守っていくことが大切になってくるでしょう。また、講義で見た虐待の映像はとてもひどいものでした。もし自分があのようなことをやられたらと思うと震えが止まりません。もし私が教師になり、私が担当する生徒になにかがあればすぐに気づきたいと思っています。生徒のすこしの変化を気づくことはとても難しいことだと思いますが精一杯努力していきたいと思います。


投稿者: ジョルノジョバーナ | 2013年07月12日 14:06

虐待の問題は講義でも取り上げられていたので関心があります。虐待発生の要因が実に多様であり、決して虐待者がすべてではないことが、当たり前のようで今まで意識されていなかったことを疑問に思う。しかしながら、それがしっかりと意識されるようになったことは私も適切だと思う。また、少子化で児童数の減少が進む一方で、施設で暮らす子供が増えている問題は私も大きな課題であると感じる。昔とは家族構成も変わり、また女性が社会進出して家の外働くようになった今日では、それもやむをえないかもしれない。だとすれば、より施設サービスの向上を図る必要があると改めて実感した。それこそ持続可能である必要がある。


投稿者: こっこ | 2013年07月14日 23:38

私は以前から福祉、またそれに関係することに興味を持っていました。家庭を失う子供が増えている。このことはなぜ起きているのだろうと以前から思っていました。講義を聞いていて「虐待者ー被虐待者」の二者でなくそれをとりまく環境の問題から発生要因にせまるべきだということを聞いて自分自身本当に同じ意見だと感じました。ただ実態としてはとりまく環境にいる人々が、自分には関係ないと考えてしまい、結局二者間だけの関係になってしまい解決には至らなくなってしまうのだと思います。自分がもしそのような環境にいるとしたら積極的に関わっていけるようにしたいと思います。


投稿者: ボスン | 2013年07月17日 18:25

自宅介護での高齢者虐待問題は、虐待者と被虐待者間のみの問題ではない、と先生はおっしゃっていましたが、私は私を含めた社会の大多数の人々がその事実に気づくことができていないということも大きな要因の一つであるように感じました。やはり少子高齢化による介護を行う側の人員不足は深刻で、この問題の最も大きな原因であるように思われますが、まずその原因を解決していくために、行政による介護人員増加のための直接的な政策はもちろんですが、その背景にある社会全体の認識の低さを改めることが現在最も必要であると私は考えます。


投稿者: ミリート | 2013年07月19日 21:02

虐待防止にむけて取り組んでいくためには、周囲の人々が実際に起きている虐待問題をどれだけ包括的に理解し、当事者とどれだけ考えを共有できるかが重要だと思います。虐待者―被虐待者だけの関係でとらえるだけでは、問題の根本の解決にはつながらないと思います。周りの人々がその環境・背景を探り、虐待者・被虐待者双方と互いに考えを共有しながら問題解決にあたっていくことが求められると思います。


投稿者: じゃっく | 2013年07月21日 16:55

子供に対する虐待はテレビのニュースなどでたびたび耳にしますが、高齢者にたいする虐待についての報道はあまり耳にしない気がします。子供の場合は学校へ通うため人の目に触れる機会も多いので、虐待を誰かに気付いてもらえる可能性が多いのかもしれませんが、高齢者、特に体が不自由な方の場合は人目に触れる機会も減るため、虐待発見が困難になってしまうのではないかと思います。このことについては一刻も早い解決とそれに必要な対策が求められていると思います。介護は確かに家庭内の問題ではありますが、やはり社会全体で支えていく必要があると思われます。男性をいかにして地域のコミュニティーへと誘い出すかが大きなカギとなってくるのだということを、記事を通して知りました。世間に広く「持続可能な制度」の真意が浸透すること心から祈ります。


投稿者: さっこたしゅ | 2013年07月22日 23:43

高齢者虐待の加害者の7割が男性であるという事実を知りとても驚きました。さらにその4割強が息子であるということは私にとって信じられないことでした。やはりこれは加害者だけの責任ではなく、自分の親を虐待してしまう環境を作り出してしまっている現代の介護制度・サービスに問題があるのだと感じました。もっと多くの人がこの事実を知り、介護問題が深刻なものになっていることを自覚し、問題についての正しい理解が必要だと思いました。


投稿者: K・D | 2013年07月23日 10:50

虐待は、当事者たちだけの問題ではなく、周囲の環境にも影響を受けます。よって、周囲の環境が少しでも変われば、事態にも何か変化があるかもしれません。虐待という事実が起こっていることは、被害者側である子供たちが誰かに知らせないと、発見するのに時間がかかると思います。そうならないために、身近に一人でもいいから相談できる相手がいることが大切になってきます。


投稿者: ぼたん | 2013年07月23日 20:38

少子化であるのに施設で暮らす子供や子供の一時保護が増えているのは、専門家の認知のタイミングと国の認知のタイミングズレがあり、少子化が問題となる以前の時代から対策のレベルが一向に上がっていないからだと思います。また、男性が介護教室に来ないという問題は、介護も家事の一つである=介護は妻に任せるという感覚が男性にあるのではないかと思います。これは「男は外で働き女は家を守る」という古い観念がいまだに日本において尾を引いている影響であると思われます。以上から、今日の状況に合った専門家の意見を国に円滑に伝える仕組みを整えていくことが直ちに要求されると思います。


投稿者: 唐揚げ | 2013年07月24日 00:05

このブログや講義を通して虐待の発生がいかに多様であるか思い知らされ、またその発生要因のひとつにその周りの環境があるということも知りました。そこで僕は自分に虐待を防げる環境を作っていける能力があるのか、また虐待が発生しやすい環境とは一体どんなものか知っているかというとどうしても自信を持つことができません。これからは僕たち若い世代が介護、育児の両立をしていかなければなりません。迫りくる超高齢社会で生きていくために何をすべきか。じっくり考えるべき問題だと思いました。


投稿者: gs-wireless | 2013年07月24日 00:10

 私自信はいずれも体験したことはありませんが、育児にしても、介護にしても、心身ともにとても負担のかかることであるということはわかります。女性、男性にかかわらず外に出て働きながら育児、介護を行っていくということは(職種によって違いはあると思いますが)想像を超えて大変なことであると思います。しかし、現実的な問題として、育児にしても、介護にしても、どうしても「お金」が必要になります。働きながらでは育児、介護はできない、しかし働かなければ育児、介護はおろか生活ができない。このように心身ともに追い詰めれていくという状況が現実としてあることは多くの人が知っていると思います。
 しかし、実際の当事者以外の多くの人(私も含め)は、この問題がどこか他人事であるかのように考えていて、自分が働きながら育児、介護をしている姿を想像することもできないのではないでしょうか。これこそが『持続可能な制度』のある社会を妨げているのではないか、と考えます。自分がいつ、育児、介護をしながら働かざる得ない状況になるかわからない、ということを考えていればおのずと、今大きな負担を抱えている人々へ目が向くのではないでしょうか。
 大切なことは、社会全体として取り組むべき問題だということをはっきりと自覚すること、小説やドキュメンタリーの世界ではないのだということに気づくことだと思います。
 
 


投稿者: ゲン太 | 2013年07月24日 08:29

介護の問題は日本でもかなり深刻な問題だと思います。単純に働き手が減っていることもありますし、なによりこれからの未来に高齢者の数がますます増えていくことが予想されています。日本は医療技術は世界でも高い水準を誇っていますが、こういった福祉においての問題は、まだまだ改善すべき点が数多く残っているように思えます。私たちにできることは多くないかもしれませんが、それでもこの問題点を改善するために、できる努力はしたいです。


投稿者: 洗剤 | 2013年07月24日 08:46

先生が話していた、虐待は虐待者―被虐待者だけの問題ではないということについて、私も共感しました。虐待要因を考えていくうえで、やはり虐待者の近隣の人々や家族、環境など、周囲のことにも目を向けていく必要があると思います。虐待の解決に向け、周囲の人々がこのことを理解していかなくてはならないと思います。


投稿者: ミートバイバイ | 2013年07月24日 10:32

虐待(幼児、児童、高齢者、障害者)が起きてしまう原因は、今の社会制度に問題があるのだと思います。
虐待の対象となってしまうこれらの人達を抱える家族に対する社会的なケアが非常に足りないと思うからです。
それはもちろん経済的な部分が主となるかと思いますが、私は周囲の人との関わりというものが希薄になってしまっているという現在の社会の性質もこの問題を加速させている原因と思います。
以前は周囲の人達の助けを借りて支えるということをしていたと私は聞きました。しかし現在はそれがなく、個人が孤立してしまうという状況を作ってしまいました。
だから私は国や自治体からの経済的な援助は必要だと思いますが、何よりも日頃の生活に関わる近所の人達との支え合いを促すような仕組みが必要と考えます。


投稿者: k.n | 2013年07月24日 11:06

虐待は、当事者間だけの問題ではなく、周りの環境によっても大きく左右されるものだと思いました。近年、虐待件数が増え続け、そのことでメディアでも虐待が取り上げられるようになり、虐待に関して関心が高まるなか、ひとりひとりがこうした問題について真摯に受け止め、虐待防止のためにどうすればいいのかということを考えていくことが必要だと思います。


投稿者: あゆみ | 2013年07月24日 12:19

虐待は家庭環境であったり孤立介護であったり虐待を取り巻く環境が原因であるとわかった。生活状態に悩んだ結果の行動であるからといって虐待が許される行動ではないが国のそういった環境の是正がまだ整ってないからだと思う。国が国民に介入しすぎることはあまり好まれることではないように感じるが、国がなんらかの変化をもたらしていかなければこの状況は変わらないと思った。


投稿者: 山羊 | 2013年07月24日 14:13

高齢者と児童に対する虐待はどうすればなくなるのだろうか。その答えを見つけることは本当に難しいと思います。ですが、周りの環境が虐待に関係するのであれば、まず周りの環境を整えることならできるのではないでしょうか。政府の政策に期待しているだけではなく、私達ひとりひとりが「命と暮らしをつなぐことが持続可能な制度」の視点を持ち社会全体で虐待防止に全力で取り組まなければいけないと思います。


投稿者: 北斗の拳 | 2013年07月24日 16:40

ブログや講義を通して、虐待をする親=絶対悪ではないということを学びました。我が子に手を挙げてしまった自分自身に怯える親。彼らも被害者なのではと感じました。子育て、介護の重圧を一人で受けなければならない社会。親を虐待に走らせてしまうこのような社会構造を改善しない限り、この虐待の連鎖は断ち切れないと思う。その場限りのいわゆる「ばらまき」政策ではなく、数十年後を見通した持続可能な政策を見出さなければ、日本はずっと変われないと感じました。


投稿者: にょっき | 2013年07月25日 11:19

高齢者、子ども、障がい者虐待。この言葉を聞くだけで胸が痛みます。日本社会にはびこる虐待という言葉を聞くと、なぜそんなことをするのだろうか、理解ができない!と以前の私は思っていました。しかしそれは無知ゆえの恥でした。大学でで虐待の現状、背景要因などについて学ぶ中で知らないくせに表面の事実だけに焦点を当てて批判をしていた自分は愚かだったと思いました。
先生がおっしゃっている「持続可能な制度」には深く共感します。安心して子どもを産むことが出来る。負担なく介護を行うことができる。障害を持っていても、社会的には障害なく生きることができる国家が理想ですね。なぜ私たちのような某地方大学の学生でもこれが必要だということは、理解できるのに、今の日本はそうではないのでしょうか?理解するのと実行するのとでは違うからでしょうか?国にお金がないからでしょうか?
国が変えてくれないなら、微力でも私たち自身が動くことも出来るのではないかと思います。
一番単純な事は、日本社会の一員として考え方を変えること、行動を変えることではないかと考えました。子育て中の親、介護者、保護者が負担を感じないための配慮が必要とされる場面は日常生活の中でも有り余るほどあるはずです。
一人一人が意識をしたら何かが変わるのではないかと私は考えます。個々が結束した力は一つの巨大なものよりも強いと信じています。


投稿者: すーぱーうーまん | 2013年07月25日 11:30

虐待については、私はまだまだ知らない部分もたくさんあり、情報はメディアによるものに頼ってしまうことがほとんどだったので、報道が適切になっているというのはとてもありがたいことだと思います。
実際の虐待問題は私が考えているよりもずっと複雑で、様々な問題が絡んでいるということを実感しています。「命と暮らしをつなぐこと」、「財政的に」、この二つを持続することができるような制度を作るためには、どちらの内実も見失ってはいけないと思いました。


投稿者: K.H | 2013年07月26日 09:36

講義を受けたことやブログを読まさせていただいたことで、虐待について改めて考える機会を与えられました。私は虐待をしたこと、されたことがないために普段このことについて考えることはありませんでした。しかしそこにこそ問題があったのかもしれません。当事者でない人たちの多くはおそらく、私のようにニュースで報道されたときなど限られた時にしかこの問題に向き合っていないように思います。これも少なからず“虐待問題”が解決の方向へゆかない原因になっているのではないかと感じました。他人事として捉えるのでなく、ここに生きる私たちひとりひとりが意識して虐待問題に対する理解を深めることが大切だと思います。こうして考える機会を与えてくださりありがとうございました。


投稿者: こんにゃく | 2013年07月28日 21:48

虐待報道が増えている印象があります。思えば、生活環境について問題視されているものが多いです。隣人は虐待について気が付いていない、地域の制度が整っていないなど、虐待は周りの環境が強く関係していると思います。高齢化が進んでいくと、高齢者を支える人たちの負担は重くなる一方です。金銭面でも精神面でも追いつめられていき、虐待に至る場合もあるのかと思いました。社会環境の変化に伴い、国や地域の政策も対応させていく必要があると思いました。


投稿者: ゆりね | 2013年12月19日 23:17

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

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