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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

いつかは持ち家

 写真1は、埼玉県南部と東京都との境に位置する丘陵を開発造成した「郊外型住宅地域」です。大手不動産業者が1970年代から手がけてきたこのあたりの宅地分譲は、今も続けられています。
 この地域は、奥武蔵や奥多摩の恵まれた自然環境に高台からの美しい夜景があり、日中の厳しい仕事に耐え抜く勤労者にとっては、「一戸建て」の魅力溢れる宅地だったと思います。

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写真1 都県境にある郊外型住宅地

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 この地域は森を伐採して新しく造成したため、開発以前に形成された街並みはまったくなく、さまざまな生活利便施設(スーパーマーケット、理容・美容店、医療機関等)は不動産業者がコーディネートして連れてきたに違いありません。
 しかし、分譲当初の地域住民はすでに高齢化し、65歳以上の高齢化率は約25%に達しているといわれます。子どもたちが自立して家を出て、老夫婦だけとなった世帯の購買力は縮小します。そのため、この春には赤字の続くようになった地域の大手スーパーマーケットが店仕舞してしまいました(写真2)。丘陵地帯の坂道は移動の障壁となりますから(写真3)、加齢に伴って自動車をもたなくなった層は、すぐさま「買い物難民」となりました。

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写真2 閉店したスーパーマーケット

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写真3 丘陵地の坂道はお年寄りとって険しい

 前回のブログでご紹介した団地(とくに、「ニュータウン」として開発された大規模団地)も、団地内と周辺のお店がどんどん閉店してしまい、住民の高齢化に伴う同様の問題を抱えています。このようにして、東京近郊の団地や「郊外型住宅地」では、地方部の限界集落と同じような「買い物難民」が産みだされているのです。

 このような生活困難を前に、「地域における『新たな支え合い』」を創ることは不可避ですし大切でしょうが、それが地域丸ごと高齢化していく現実に対応する地域福祉の柱になるとは到底考えることはできません。旧来からの街並みと住民構成に世代の多様性が残された地域であることが、「住民同士の支え合い」の成立条件と考えるからです。
 少なくとも、きめ細やかな枝路線をもつデマンド型のコミュニティ・バスの運行に加え、「介護予防サービス」または保健福祉サービスに外出支援(ガイドヘルプ)を含む家事支援を取り入れること等を積極的に検討しない限り、高齢化が地域丸ごと進行するところの住民自治は成立しないでしょう。

 それでも、住まいのあり方と密接な関連性をもって、なぜ特定の地域が高齢化の問題を抱えてしまうのでしょうか?
 1960年代にものすごい競争率の抽選をくぐり抜けて団地に入居した勤労者はまだ若く、マンションや一戸建てを購入する頭金となる貯えもなく、ローンの支払いに耐える月々の所得も不足しているライフステージと社会階層にあります。そこからは、「住宅双六」のお決まりのコースが続きます。
 賃貸料を払いながら「爪に火を灯す」思いで貯金に励み、頭金をこしらえる。会社の業績向上に伴うベースアップと年功序列賃金の下で、自分のローン支払い能力を値踏みする。子どもの高等教育費については、カミサンのパート収入を加えてなんとか賄う。こうしてやっと、自前の物件にたどり着く……。
 以上のストーリーと分譲される不動産価格帯との関係においては、特定のマンションや住宅地の購入層に、ライフステージと社会階層の点で共通項をもつ家族を形成します。たとえば、私が川越に住まいを求めた93年当時、首都圏におけるはじめての住宅購入で、5000万円台の物件に手を出せるのは都市銀行の行員だけ(住宅金融公庫の融資に加えて、銀行員に限られた低金利の「行内ローン」を組めるから)というのは不動産業界の常識でした。

 しかし、都市部の不動産物件は価格が高いですから、上記のような「住宅双六ストーリー」に乗れなかった階層は、団地にとどまる以外に道がありません。
 このようにして、団地においても、郊外型住宅地においても、入居した人たちはライフステージと社会階層に共通項をもつため、竣工または分譲された時期に応じて、高齢化と生活困難の問題が地域ごとの特質をもって出てくる構造になっているのです。

 それでも、バブル以前に「持ち家(マンション)」にたどり着けた人たちは、購入した物件の値上がりが投資の性格を持ち得ましたから、より良い物件に住み替えていくことも可能でした。要するに、値上がりした自分の住まいを売却して、より広い住宅を求めるというやり方で、そのための税制上の優遇措置もありました。
 しかし、少なくともバブル後半以降は、べらぼうに吊り上げられた不動産価格のローン支払いに苦しんでいるか、年功序列賃金と終身雇用の解体によって「一戸建て」にはたどり着けなかったか、ついにローンの支払いができなくなって「持ち家」を放棄せざるを得ないというように、貧しくも多様な「住宅難民」を産みだしています。
 「日雇い派遣」という不安定就労とホームレスの問題もまた、このような構造的問題のスペクトルの末端部に位置づくものということができるのです。

 このようにみてくると、わが国の都市部では、昔からの街並みが存続する地域にたまたま親の住んできた不動産があってそれを相続するか、同様の条件の不動産を持つカミサンを嫁にして「マスオさん」をするか、はたまたアッパー・ミドルクラス以上のサラリーマンで街中の物件を購入するかでない限り、住宅貧乏を宿命づけられているといっていいでしょう。
 「健康で文化的な最低限度の生活」そのものを表す「住まい」を、かくもさように継子扱いしてきた政策のつけは、まことに大きいものがあります。だから、わが国の地域生活支援では、〈施設サービスの不足〉と〈住まいの確保〉から問題に直面してしまうのです。ここには、サービスの質を問うだけでは、サービスの質は決して向上しないパラドックスが存在するということができます。

 それとも、「いつかはクラウン」「いつかは持ち家」を「いつかは有料老人ホーム」にまで延長しますか?


コメント


 こんにちは。はじめてコメントします。
 私は、買い物難民が増えてしまう地域といえば、山間部などのいわゆる生活に特段に不便な場所で生じるものとばかり思っていたので、このような生活利便施設が近くにあるのに、地域住民の高齢化やそれに伴う買い物難民といった問題が深刻化している事実に驚きました。
 宗澤さんのおっしゃる通り、コミュニティーバスの運行や保健福祉サービスに家事支援の早急な導入が必要になっていると思います。
 また、このような住宅貧乏に陥るメカニズムを見て、私の家庭の住宅事情も参考にすると、特に昨今では、社会制度の問題と所得に対する不安定性には重要な関係があるように思います。今後、このような問題はより一層拡大していくことになると思います。
 政府はこの現実を見てどのようにお考えになるのでしょう。私にとって、今回の記事は、現在における住宅と地域社会の深い関連性を推察する良いきっかけとなりました。


投稿者: gfm72642 | 2009年12月31日 04:16

 こんにちは。初めてコメントする者です。

 私の家のある地域は、駅から徒歩30分ほどの距離にありますが、路線バスは走っていません。
 1年ほど前からコミュニティ・バスが市によって運営され始めましたが、は1日5便しかなく、しかも日曜は運行されていません。これでは車の運転できない方やお年寄りの行動範囲が著しく制限されてしまいます。
 このような状況の街に住んでいることもあり、「きめ細やかな枝路線をもつデマンド型のコミュニティ・バスの運行」という意見に強く賛成します。

 また、現在も大型ショッピングパークのそばに新興住宅街を作る動きがありますが、そのような住宅地を買うのは、今働き盛りの人たちです。
 記事を読むまでは、私は純粋にこのような住宅街に憧れていました。
 しかし、記事を読み、この働き盛りの人たちが退職したりする頃には、今はきれいで新しいショッピングパークも、シャッター街と化してしまうのではないかと思いました。
 不動産業者がすべてコーディネイトした生活利便施設併用型住宅地に住むのも善し悪しだと考えさせられました。


投稿者: みかんガール | 2010年01月15日 13:40

 はじめてコメントさせていただきます。

 私も、先にコメントをなさっている方同様、「今」便利なところ、「今」近代的な街に住みたいと思っている人間のひとりです。
 この記事を読み、私は、人々のニーズが時代の流れによって大きく変化するのだと感じました。

 「当時」便利で新しく、あこがれの場所だったところは、「現在」問題が生じたオールドな街へと変わっている…
 これは、人々が景気に左右されたり、時代の先端を求めたりしている限り何度も繰り返されていくことは目に見えていると思います。
 つまり、この時代の流れに伴って福祉施設へのニーズが高まる。これも仕方のないことかもしれないと感じました。

 しかし、それでは問題の解決にはなりませんね。一方ではニュータウンができ、そのせいで他方はオールドタウンになる、の繰り返しではなく、古い町に新しいものが混在することに価値を感じるような時代が来ればよいのですが。そうすれば町が突然不便になったりしないはずなのに。

 この記事を読んで、将来自分の生活にも大きくかかわる住宅や町について考える良いきっかけになりました。ありがとうございました。


投稿者: ぽしぇっと | 2010年02月03日 01:32

私の知り合いも「郊外型住宅地域」に住んでいて、よく遊びに行くのですが10代の私でも辛い急な坂道がたくさんあります。そこは近くにコンビニもなければ、スーパーもありません。そのため、駅前まで買い物に行かなければならなく、かつ、買い物袋を持って坂道を登るので足腰の弱い年配の方はとても大変そうです。バス停もあちこちにあるわけではないので年配の方や足腰の弱い人、妊婦の方には不便な立地であるといえます。
先生のおっしゃるとおり今後この地域も高齢化していくならば『きめ細やかな枝路線をもつデマンド型のコミュニティ・バスの運行』や『介護予防サービスまたは保健福祉サービスに外出支援を含む家事支援を取り入れること』を行政は真剣に考え、この地域の住民の暮らしを豊かにしないと新しい入居者の獲得は見込めないと思います。
自分もニュータウンのような生活利便施設併用型住宅地がある土地で暮らしたいと思っていましたが、それは不動産業者がコーディネートした虚像にしかすぎないのだということに気づくことができてよかったと思いました。また、「買い物難民」は山奥の農村などの過疎地に多く存在するものだと思っていましたが、都市部にも現れているという事実を知り大変驚きました。
自分が住まいを持つことになったら、ニュータウンの問題点なども参考にし、「今」の現状だけを見て入居を決めるのではなく、「将来」的なこともしっかり考え決定しようと思った。


投稿者: LILY | 2010年07月29日 17:45

 自分が今住んでいる場所について改めて考えることができました。学生など特殊な場合を除きよほどのことがない限り住み替えることはあまり起きない。つまり、今住んでいる場所にもしかしたら10年20年も住み続けることもあり得るのです。今は便利だと感じていても10年後20年後は必ずしも便利であるとは限らないのだと感じました。
 でも、将来のこともしっかり考えて住む場所を決めるのは少し難しいのではないかと私は考えます。なぜならそこまで将来のことを考えて不動産業者がくれるとは思えないからです。今の状況が快適でも将来が不便になるのと同じように、将来が快適なものが今の時点で不便であることだってあり得ます。わざわざ不便を買う顧客なんてあまりないのです。


投稿者: りくさ | 2011年07月13日 04:32

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

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