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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

団地に住まう

 写真1は、日本最古の公団住宅の一つ、東京都三鷹市の牟礼団地です。ここの賃貸棟は、老朽化のためにすでに建て替えられていますが(写真2)、この写真は現存する分譲棟です。戦後日本の住宅政策を象徴する「歴史的建造物」と言えるかも知れません。
かつて私は、数年間この団地の住人でした。

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写真1 牟礼団地-日本最古の公団住宅

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写真2 立て替えられた牟礼団地の賃貸棟

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 日本住宅公団(現、独立行政法人都市再生機構)は1955年7月、大都市圏の住宅不足の解消を目的に発足しました。翌年3月の金岡団地(大阪府堺市)を皮切りに、5月に曙団地(福岡市早良区)、8月に東京の牟礼団地を相次いで完成させています。そこで牟礼団地は、正確には「東京圏最古の公団住宅」ということになります。

 この住宅は、「寝食分離」をコンセプトに6畳・4畳半・DK(ダイニングキッチン)・男女両用水洗トイレ・風呂から構成され、都市部の勤労者世帯用に建設されました。当時は、公団住宅に入るために何十倍、ときには百倍を超える抽選をくぐりぬけなければならなかったように、都市部の住宅事情はまことに深刻でした。
 木造アパートに汲みとり式トイレ・銭湯通いの時代に、鉄筋コンクリートの住まいに水洗トイレ・家風呂付き(とくに乳幼児のいる家族には、家風呂のありがたさはひとしおでした)とくると、多くの勤労者の「憧れの的」となり、公団住宅に住まう家族は「団地族」ともてはやされました。
 団地内には集会室(写真3)も設置され、自治会の集まりや夏祭りの準備に、場合によってはお通夜やお葬式にも使われていました。

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写真3 牟礼団地の初代集会室

 この団地に居住経験のある者としては、いささか歴史的な、辛口の証言を残しておく責任があるでしょうか。
 まず、「団地サイズ」なるものを勝手に作ったことは断じて許せない、腹立たしい。私は関西出身なので、畳といえば京間(「本間」「関西間」ともいう、191×95.5cm)が標準です。私には江戸間(176×88cm)でも容認しがたいところを、公団住宅は「団地間」(170×85cm)というサイズにまで縮小するのです。そうして、団地サイズの6畳(約8.7㎡)は京間の4畳半(約8.2㎡)と大差ないまでに縮められていくのです。
 「畳」という日本家屋の基礎単位を新たに捏造することによって、後に欧米から「ウサギ小屋」と揶揄される狭隘な住宅標準を広めてしまった責任はまことに大きいものがあります。

 次に、「畳のサイズ」を勝手に作ったものだから、市販の敷物・家具などの間尺(通常、1間=180cmで作られている)とはすべてが食い違います。団地の6畳には4畳半の敷き物しか敷けず、1間幅の家具を置くと扉にかかり、部屋の行き来にさえ支障が出るという使い勝手の悪さでした。

 第三に、間尺がすべて「団地専用サイズ」のため、住宅設備はすべてそれに合わせた寸法の「日本住宅公団御用達」製品でなければなりません。そこで、団地の住宅設備を修繕・リフォームするためには、日本住宅公団の「指定業者」以外には取り扱うことができない規定になっていました。設備や改修の単価は当然割高なものとなります。公団住宅の最盛期には、どこかの誰かと指定業者との間に何らかの癒着があったであろうことも想像に難くありません。

 それでも、入居の抽選は何十倍、何百倍となった公団住宅。それは、早川和男氏が『住宅貧乏物語』(岩波新書、1979年)で指摘するとおり、生活の質の向上に資する住宅を求める努力をしても、狭く過密な住まい、遠距離通勤、高家賃、重くのしかかる住宅ローン等から一向に抜け出せないという貧困問題の核であり象徴です。

 とくに福祉に関連しては、次の点を確認しておく必要があるでしょう。
 団地建設が進められた1950~60年代は、所得と住宅事情さえ許すのであれば、子どもが3人欲しいと考える夫婦がまだまだ存在していた時代です。
 当時の社会福祉施設の居室に関する最低基準(押入れ等の収納部を除く)は、児童の養護施設が2.47㎡(現在は3.3㎡)、成人の施設(養護老人ホーム、知的障害者入所更生施設等)が3.3㎡(同6.6㎡)です。これらの最低基準から、夫婦と子ども3人の居室面積を割り出すと約14㎡になりますが、団地サイズの居室部分〈6畳+4畳半〉も約15㎡でほとんど差はありません。
 団地住まいの家族では、世帯単位の所帯道具が室内に置かれる面積を差し引く必要があります。すると、夫婦子ども3人世帯の団地住まいで、施設の最低基準以下、夫婦子ども2人世帯で何とか最低基準と同等という居室面積で暮らしていたという実態ではなかったでしょうか。これが当時の「住宅標準」であり、都市部勤労者の「憧れの的」だったのです。
 このような「みんなの住宅貧乏」こそ、その後の地域福祉の展開を阻み、個室の「ホテルコスト」を「当然のこと」のように請求され、高齢者や障害のある人の施設サービスに対するニーズを高原状態にとどめてきた諸悪の根源ではないでしょうか。それは、狭義の厚生労働行政や福祉関係者の問題にとどまるものではなく、住宅保障を含む福祉国家としての政策(social policy)そのものの貧しさに起因するものだということができます。

 さて、牟礼団地の玄関は重い鋼鉄製の扉(写真4)でした。この扉は、住宅難からなかなか抜け出せない重苦しさを入居者に告げていたかのようです。

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写真4 牟礼団地の各戸の鋼鉄製扉

 結局、公団住宅による狭隘な住まいの標準化は、居住建築物と生活様式の近代化と脱日本化を推進しはしましたが、はたして住まいと生活の質の向上に役立ったかどうかについては疑問が残ります。それはむしろ、マイホーム主義と経済政策に従属する「持ち家政策」を推進する土台としての性格をもちました。カローラをはじめてに、「いつかはクラウン」との欲を抱かせたように、団地を起点に「いつかは持ち家」の夢から勤労者の人生を縛りつけ、「住宅の人生双六」の上がりに向けてひたすら賽を振り続ける苦労を強いることにつながりました。

 それでは、「持ち家」の念願かなった人たちは、「双六の上がり」だったのでしょうか?
(次回に続く)


コメント


 1960年代の高度経済成長期には家族という概念がより具体化されました。
 例えば、先生のブログに書かれているように、「団地住まいからいつかは持ち家に」とか、「マイカーを持って、子どもは○人」などといった、多くの選択肢の中で、その中の一つにしか過ぎない生き方が、あたかも正しく、すべてであるかのようにもてはやされ、マジョリティの価値観というものを形成ました。「幸せ」の基準をトップダウン的に国民に植え付けたのです。   
 それはまさに、社会学でいうところの「大きな物語」が存在し、国民に消費されていた時代であり、バブル以降、経済成長に夢を見ることができなくなってからは、同時に団地も輝きを失っていきました。
 その頃の、みんなが信じて疑わない「生き方」に、障がいを持った人は想定されていた(同じ夢を見れていた)のでしょうか。私はそうは思いません。団地というものは、限られた生活様式のみを想定して設計されています。
 その存在自体が、マイノリティや障がい者の排除を促すことに繋がったといっても過言ではないと思います。


投稿者: タックスマン | 2010年01月15日 22:12

 はじめまして。埼玉大学で宗澤先生の講義を受けているものです。
 自分は団地に住んだことはありませんが当時は都心に住みたがる人が多かったのでしょうか。
 あまりいい条件とは言えない場所があこがれの的になってしまうとは。今も自分が知らないだけで住まいの取り合いは続いているのですかね。
 畳の大きさでは自分も作為的なものを感じ、人間のせこさが垣間見えた気がしました。


投稿者: いちごオレ | 2010年01月21日 14:06

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

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