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宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

支援することと、書くこと

 去る4月18日、厚生労働省は「介護労働者の確保・定着等に関する研究会」の初会合を開き、介護に携わる職員がやりがいをもって働ける環境づくりに向けた議論を開始しました。
 このような動きに先立ち、介護だけでなく、広く福祉の領域で働く職員の労働条件やストレスの実態について、関係するさまざまな団体・労働組合などが調査を実施し、厳しい現状を明らかにしているので、この研究会の議論が実り多い成果を生むことを願わずにはいられません。

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 さて私は、大学院生の時代に2年間近く、2つのフィールドに関わりをもつことがありました。一つは知的障害の生活施設(入所更生施設)で、もう一つは、当時政令指定都市だけで実施されていた精神障害のデイケアです。
 これらのフィールドでは、支援の記録の仕方がまったく異なりました。様式の違いもありますが、私がもっとも驚いたことは、記録する場面=時空間がまるで異なることでした。

 知的障害の施設では、例えば日勤職員は夕方、日中の支援や利用者の様子を、夜勤職員は午前0時近くに夕方以降の様子について記録していました。ここでは、職員室や事務室だろうが、食堂や居室に近く設けられた職員ステーションだろうが、必ず利用者のほうから雑談や相談事で話しかけながら記録していました。
 反対に精神障害のデイケアは、通所ということもありますが、一日のプログラムが終了して利用者の皆さんが帰られた夕方の1時間に、集中的に記録するというやりかたでした。ここでは、支援者一人当たりの利用者数がおよそ8~10人でしたから、1時間あまりの間に8~10人分の記録を書いていたのです。

 前者では、一方で利用者への支援や注意に心を傾けながら、他方で記録するという負荷がかかります。とくに、夜勤職員の場合、人手が手薄な時間帯でもあるため、心細さや不安をどこかに抱えながらの仕事になるかもしれません。恐らく、小学校の先生や保育士の方も、子どもたちのいる教室や保育室で実務をする場合には、同じような苦労を感じているのではないでしょうか。
 対して後者は、利用者への支援とは明確に区別された時間に記録することができます。私の経験では、前者のような場面で記録を作成することはなかなか大変なことで、後者のほうが効率よく記録することに集中できました。
 両者ともに、事実の記録が中心でしたが、利用者さんのことで「気になったこと」や利用者さんの間で起きたトラブルなどについては、事実の記録とは別に一定の分析や評価も書かなければなりませんでした。ですから、事実を客観的に整理したり分析したりする考えの運びに集中できなければ、なかなか書き進むことができません。支援するときと書くときでは、使う脳の部位がかなり違うのではないかと考え込んでしまいます。

 その後、私が夜の時間帯に観察や見学をさせていただいた障害のある人の生活施設では、
どこでもやはり同じような光景に出会います。そのたびに、当直の職員には心からエールを送りたくなります。
 今フィールドで働いているわけでもないのに、なぜ、「エール」を送りたくなるのかですって? それは、家で子どもの相手をしながらでは、いろんな原稿がなかなか書けないからです。


コメント


 そのエール、たいへん勝手ではございますが、受け取らせて頂きました。
 記録を書くのがこんなに困難な事とは思いませんでした。


投稿者: END | 2008年04月24日 22:21

 福祉現場は近年一層厳しくなっています。学生の福祉現場志向は悪くなっているようで、これは死活問題です。


投稿者: jun nohara | 2008年04月26日 00:03

 今、仕事を始めて記録の正確性というものの重要さを痛感しているところです。そんな自分自身にエールを送っています。
 話は変わりますが、先日職場内の回覧で『ノーマライゼーション』4月号を拝見しました。私も仕事をする中で、トップダウンの施策によってグループホームなどの整備が進まないことで、明らかに障害をもつ方々の選択肢が狭まってしまっているように感じています。


投稿者: hagi | 2008年04月26日 22:31

 毎週楽しみに読ませていただいております。初めての投稿です。
 私は児童福祉の現場で働いる者ですが、私の職場では職員室で記録することになっています。しかし、頻繁に子どもからは呼ばれるは、電話はガンガンかかってくるはで、その度に書く作業は中断されます。
 記録することは重要な業務の一部であるにも関わらず、おちついて取り組める空間や十分な時間が確保しにくい現実があります。苦肉の策で、私物のノートパソコンを持ち込み、勤務時間終了後に休憩室にこもり記録をするようにしています。
 そうでもしないと、とても集中できませんし、記録のために残っているのに、職員室にいたら仕事が増える一方で、いつまで経っても業務が終わらないからです。
 同僚の中には、子どもから声をかけられないようにするため、背中に大きく「勤務外」と書いた紙を貼り、職員室にいても記録に専念できるよう工夫?している人もいます。


投稿者: まーら | 2008年04月27日 17:56

 パソコン復活早々に、宗澤氏のブログ発見。とても興味深く拝読しています。
 これから時折ファンの一人として感想を述べていきたいと思います。どうぞよろしく。


投稿者: 藤吉郎 | 2008年05月07日 09:24

 以前、児童相談所の児童福祉司として仕事をしていたことがあります。支援といえば、虐待の初期調査や相談活動、場合によっては親子の分離の判断をする、、、等々、手ごわい親御さんを相手にやりとりをしていたことを思い出します。
 さて、書くことといえば、土日の出勤、毎晩終電まで残っての記録が当たり前でした。支援と記録、疲弊して心身ともに体調を崩し、一線を退いてからも腕のしびれがストレスの後遺症なのでしょうか、今も残っている始末です。悔しいですね。


投稿者: ゴーちゃん | 2009年08月08日 00:19

私は小学生および幼稚園児にサッカーを教える、コーチのアルバイトをしています。クラブには周りのみんなと同じことができない子もいます。ブログのように記録を書くということはありませんが、サッカーを教えながら一人一人の様子を見て、けんかしている子の対処をしたり、怒ったり、技術以外のことを指導したりと、ある意味ではブログ上の前者に当たる仕事をしています。
このことが苦痛で大変であると思ったことはありませんが、接し方の面でよく考えることがあります。
 
 以前、先ほど述べた1人の子が怒られたことをきっかけに練習を放棄したことがありました。私は練習に戻るように説得しましたが、全く動こうとしませんでした。そのとき先輩のコーチがその子を引っ張って練習に連れ戻しました。決して特別扱いすることなくほかの子供たちと同じように叱るのです。
 また別のとき、今度はじっくりと話すことで練習に戻すこともありました。2つのケースでコーチは異なりますが、共通していることは、周りの子と同じように叱るということです。どちらが正しいというよりも、どちらとも正しいと思っています。私も私の接し方を身につけ、支援するとともに、こどもたち1人1人のことを把握(記録)したいと思います。


投稿者: サミー・リー | 2011年01月14日 21:34

私は支援するときに逐一記録をつけていくほうがいいと思う。なぜならその人の体調、食べるもの、排せつの量などは支援をしている時間の中で刻一刻と変化するものだからだ。たとえ小さな体調の変化でもそれが後々の大きな体調不良につながることもありうる。確かに書くことを支援しながらするのは困難なことであろう。しかし、支援の合間合間にほんの少し時間を見つけて記録していく習慣が一度つけばそれほど困難な行為ではないように思う。次の支援者の助けにもなるので細かい記録は必須だ。


投稿者: ソラ | 2013年01月23日 11:11

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
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発行:中央法規
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