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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

三橋歌織被告について

 三橋歌織被告をご存知だろうか。セレブ妻バラバラ殺人事件といえば、思い出す方もいるだろうか。
 「早く、早く離婚の話を切り出さないと。このままではまた暴力が始まるかもしれない」
 「彼がリビングにやってきたので、私は離婚の話を切り出して、離婚届をテーブルに置いた」
 しかし、離婚届は破られた。
 「夫の浮気相手との会話を収めたICレコーダーのことは話したら危ないと、母に言われて我慢していた」
 「彼が寝た後、キッチンに入った」
 「ワインボトルを持ってリビングのほうに行った。リビングに行って、彼を殴った。夫を殺した」

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 検察側、弁護側、それぞれで精神鑑定を行ったのだが、その両方の結果が一致した「責任能力なし」という鑑定を蹴って、裁判長は歌織被告が犯行直後にメールを出したり隠蔽工作したことなどを挙げて、「精神病状態にはあったけれど、責任能力はあった」と判断した。
 しかしこの裁判長の判断は、判例の積み重ねのある統合失調症の比較的長く続く幻覚妄想を想定したものだったのではなかったのだろうか。PTSDの幻覚妄想は比較的速やかに消失する。裁判官はフラッシュバックや解離に対する知識がなかったのかもしれない。死体遺棄にしてもすぐばれるような方法をとったのは、実は心神耗弱ではなかったのか? 鑑定結果には理解を示しても、判決にはまったく反映しないという裁判長の論理の飛躍が理解できない。世論の厳罰化の影響を受けた可能性もある。

 警察と一緒に死体を掘り出す時にも、彼女は表情ひとつ変えなかった。15年の判決が出ても「従います。自分のやったことはわかっていますから」と言った。ぼくは歌織被告の目を見て、こころが死んでいると思った。感情がマヒしているかのようだ。自分のやったことを単に事実として、感情なく他人事のように思って、自分がないかのように見える。

 歌織被告の最初の記憶は、トイレで父にぶたれているところだった。おそらく幼稚園にあがる前のことで、便座の上で「ごめんなさい」と叫んでいたけれど、虐待は終わることはなかった。父親から学んだことは、支配に服従するという関係だったのかもしれない。母親は暴君の父親と共依存関係で、歌織被告を守ることは遂になかった。
 実家に守ってもらえなかった歌織被告につけ込み、夫は暴力と監視をエスカレートさせる。逃げ場を失った歌織被告は、病気(解離)へと逃げ込むようになったのかもしれない。
 夫は髪の毛をつかんで引きずり回し、首を絞める、あるいはむくれあがるまで長時間縛る。歌織被告は、夫からの暴力で鼻を骨折する大けがを負った。警察は夫を告訴するように勧めたが、彼女は拒否した。DV被害者のためのシェルターに入所もしたが、結局夫の元に戻った。暴力の後には夫からの謝罪があり、あえて泥沼に帰った。
 彼女は不幸な育ちが原因で、負けず嫌いだったから、DV被害者として弱者の地位に甘んじたくなかったので、どうせ別れるならもっと夫を苦しめてからにしたいと思って、離婚がずるずる引き延ばされ、犯行に至ったのではないのか? また、夫が持っていた彼女のあられもない写真の存在によって別れられなかったともいわれている。
 生活の隅々まで日常的にチェックされていて、夫がそこにいる・いないにかかわらず、彼の目の存在が常にあって、どこかで見られているという感覚があった。彼の目は興奮して怒っているだけでなく、常に冷静で冷たく怖かった。殺害当日、彼が帰宅した時にもそういう目をしていて、出方を間違えたら暴力を振るわれると思った。歌織被告の裁判での発言である。

 日本では夫から妻へのDVで、毎年130人内外の被害者が亡くなっている。歌織被告だっていつ殺されてもおかしくなく、130人の中に入っていたかもしれないのだから、彼女はある意味、正当防衛ではなかったのだろうか、と思う。日本では、夫から妻への暴力はある意味認容されているからこそ、逆に夫を殺した歌織被告は、社会から憎まれたのではないのか。夫がなぜそこまで妻に暴力を振るうかといえば、やはり彼が育った家庭への怒りではないのか…。
 夫の激しい怒りも、愛情飢餓で育ったことがうかがえる。一人で自立できなかったから、自分の全部を受け止めてもらえなかったから、母親への復讐の代わりに、歌織被告を道具のように扱い、徹底的に暴力を振るった。

 歌織被告の父や母は、小さい時の虐待の事実を語ったけれど、歌織被告自身は小中学校の時のことは、あまり覚えていない。つらすぎて、虐待を受けた記憶が消えているのかもしれない。
 彼女はフラッシュバックや家に帰らないなどのPTSDの回避行動も繰り返している。どんな判決であっても従うという被告の言葉も、「人に嫌なことを言われたりされたりしても、されるままでやめさせることがなかなかできない。そして後になって自分が怒っているのに気づく」というPTSDによくある後遺症かもしれない。そして「精神鑑定などに興味はない、ただこれまでのことをわかってほしかった」と語った。虐待する父と従う母、それに夫。不幸なことに、歌織被告には事件前、理解してくれる人が身近にいなかったのだろう。歌織被告には、治療と何より癒される愛(持続的な関心)が必要だ。

 被害者遺族である夫の父と母は「15年の刑では短かすぎる」と言っているが、息子がどんな息子であろうとも、たとえ虐待して育てても可愛いものだ。ぼくだって息子の親だからよくわかる。しかし、息子である歌織被告の夫の死によって、被害者遺族は加害者と強引に対峙しているが、両者の間には、深い深い闇がある。
 歌織被告がDVで深く傷ついていたといっても、一方は肉体的に死んでいるのである。息子をバラバラにして捨てられた被害者遺族は極刑を望むかもしれない。しかし、心神喪失による事故だろうか。裁判長は退けたが、刑法39条(注)で検察側、弁護側双方から心神喪失の鑑定が出ていた。心神喪失の原因となった夫のDVは、被害者遺族の虐待が原因。何という悲劇。
 もちろん虐待によるPTSDだけで、事件原因のすべてを説明できるわけはないが、この事件は控訴され、まだ争われる。下級審では、争点は精神鑑定に傾いたけれど、上級審では「事実を明らかにしたい」という歌織被告の願っているような裁判が行われることが望ましい。裁判では検察側が退けた、小さい時は父親から、結婚後は夫から受け続けた「虐待の事実」がすべて明らかになれば、裁判官はあるいは情状酌量の余地ありと判断するかもしれない。

(注)
刑法39条
1 心神薄弱者ノ行為ハコレヲ罰セズ
2 心神耗弱者ノ行為ハソノ刑ヲ減刑ス


コメント


彼女は嘘つきで共見栄っ張り
さらに普段から凶暴な女性でした

男の人並みに体は大きく、力もあります
女性というだけでdv被害者といえるかどうか

男性同士の喧嘩と同じように見てよいのでは、と思いました。


投稿者: ともこ | 2011年02月05日 19:49

ひとつ間違えば被告と同じことをするところだった。だからこの事件に興味と疑問が沢山ある。知りたい。とにかく知りたい。彼女の生立ち、育った環境、出会った人など。
彼女に会ってみたいとは思わないけど彼女に自分を重ねてしまう。


投稿者: さち | 2012年01月08日 16:34

旦那からのDVを定期的に受けています。
大きなものは二の腕骨折(手術2回)眼窩下底骨折、複視の後遺症、鼻骨骨折に鼓膜破れる。
いつ歌織さんと同じ立場に立つかわかりません。
私が殺されるかもしれないし、殺してしまうかもしれない。
かなり情状酌量が認められて、良かったと思っています。
加害者は自尊心が高く、異性にだらしなく、外面命。
周囲に延々と嫁の悪口を言う。
いらいらが募ると、殴るために喧嘩を売り始める。

DVの被害者にならないと、わからないと思う。
歌織さんには、いつか人生をやり直して欲しい。


投稿者: M | 2012年02月08日 23:25

DVをする男は絶対に許せません。被害に合っている人の中にはそれぞれの性格があり歌織さんは唯勝気な性格だっただけです。愛している人に暴力を振るわれ相手に言いたい事は腐るほどあるのに1つも聞き入れてもらえず、唯耐えるしかない歌織さんは本当に悔しい思い腹収めてきたのだと思います。
旦那さんは殺害されてしまったが故に少し同情の声も聞かれますが、今生きていたら本当に人間のクズだし死ねばいいと思ってしまいそうです。
例えば男同士ケンカになれば黙っている人もいれば殴られて殴り返す人もいるし、言葉で返す人もいるし、制止する人もいる。やり返した歌織さんは唯殴り返したいだけだった人なのかもしれないのに、女性で非力が故に殴り返せば何倍にもなり殴り返される。だから殺す方法でしかやり返す事が、気持ちがすっきりする方法が無かったのかもしれない。
私は殺されてしまった旦那さんには同情の余地は全くありません、旦那さんは歌織に殺される事を選択の1つとして選ばせたのは旦那さん自身だから。
旦那さんが歌織さんに暴力を振るわなければ絶対に起きるはずのない事件です。
自業自得としか思えません。
彼女が再犯をしたり反省をしていない訳が無いのに何故15年も刑務所に入らなくてはならないのでしょうか?歌織さんの再犯はまずありえないでしょうし、反省も何も愛する人を手にかけてしまった罪の意識は苦しい思いは計りしれないはずなのに。
歌織さんは10年もの間殴られ続けて女性なのに鼻を骨折させられてプライドはずたずたにされて、それでもそんなダメな旦那さんを許し続けた(人間であれば充分に理解できます)、殺人を犯すほどの充分な動機です。早く歌織さんを自由にしてあげてもらいたいです。
よく我慢したですね辛かったですねと歌織さんに心から伝えたいです。



投稿者: 佐藤 | 2013年03月23日 03:21

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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