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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

獄の中の不条理(part1)

 山本譲司著『累犯障害者―獄の中の不条理』(新潮社)を読んだ。著者は元民主党の国会議員で、秘書給与詐取で栃木県の黒羽刑務所に服役した。
 そこで、一般受刑者から「塀の中の掃き溜め」と言われている懲役作業に出会った。そこは精神障害者や知的障害者、認知症高齢者、聴覚障害者、視覚障害者、肢体不自由者など、一般懲役工場での作業をとてもこなせない受刑者たちを隔離しておく「寮内工場」と呼ばれる場所だった。受刑者に作業を割り振り、介助をするという仕事だ。失禁者が後を断たず、受刑者仲間の下の世話に追われるような毎日だった。

 法務省の統計によると、受刑者全体の3割弱が、知的障害者として認定されるレベルの人たちだそうだ。知的障害と犯罪は関係ないが、善悪の判断が定かではないため、警察や法廷で自分を守る言葉を口述できず、反省の言葉も出ない。そのことで司法の場では心証が悪く「反省がない」とみなされ、実刑判決が多くなる。
 一度刑務所に入ると、福祉との関係が遠のき、悪循環が始まってしまう。「刑務所で寝る所と食べ物が保障されること」を覚えると、食い逃げ(詐欺罪)なら食い逃げばかり、放火なら放火ばかり繰り返して、刑務所に舞い戻ってしまう。障害者手帳を持っていない人も多く、シャバで福祉と出会わない。服役回数が増えるたび、ますます福祉と出会うことはなくなり、安住の地は刑務所になってしまう。

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 山本氏が面会している「下関駅放火事件」のH容疑者は、12歳で少年教護院に入ってから、少年院をはじめとする矯正施設を出たり入ったりして、成人以降の54年間のうち約50年間を塀の中で過ごしている。最初に非行へと走った原因は、ぼくの体験から考えても、「虐待やいじめ」だと思ってほぼ間違いない。
 実際に少年時代、燃えたぎる薪を押し付けられる凄まじい虐待を父親から受け、身体中傷跡だらけで、胸部から腹部にかけた火傷の痕がひどいという。
 H氏によるこれまでの11回の放火では、一人のけが人も出していない。多くの場合、放火後すぐに自首している。明らかに愉快犯などではなく、出所してからの居場所さえあれば、再犯する必要などまったくない。
 H氏は下関駅の放火事件を起こす前に、福岡刑務所の先生に「生活保護をもらえばいい」と言われて、北九州市の区役所に行った。「刑務所から出てきたけれど、住む所がない」と窓口で何度も言ったが「住所がないとだめだ」と相手にされなかった。ワーカーなどとつながってさえいれば、あるいは療育手帳を持ってさえいれば福祉とつながることもできて、「刑務所に戻ろう」と事件を起こす必要もなかった。
 まあ、生活保護の運用が日本一厳しく、「北九州方式」と厚労省が推奨し、本人の生活保護を切って「おにぎりを食べたい」という日記を残し餓死させた地域である。H氏が北九州市の生活保護の窓口でもらったのは、下関までの電車の切符である。担当地区から追い出せば、一件落着というわけだ。H氏はその下関駅に着いて、放火事件を起こしている。
 山本氏が面会時「また外に出ましょうね」と言うと、H氏は首を横に振った。シャバの不安を避け、刑務所で一生「安心」して死んでいくのかもしれない。

 刑務所を福祉施設として利用している障害者の環境は、健常の犯罪者より劣悪な環境だと山本氏は言う。精神障害者の運動は、「保安処分反対」ばかりでなく、獄中におけるちゃんとした治療や清潔な生活環境などの処遇の改善に加え、出所後の福祉へのつながりもテーマだと思う。
 多くの知的障害者や精神障害者は、他人とのコミュニケーションを苦手としている。人との交流を通じて身につける「倫理感」というものがなかなか身につかない場合も多い。だから法を犯してもなかなか反省に結びつかないし、反省にたどりついても、外に向かって表現するスキルがない。そのため裁判でも情状酌量がなく重罪になったり、出所時の仮釈(反省の度合いによって刑期を終える前に釈放される制度)もつかない。
 障害者がみんなそうではないだろうとは思うけれど、「親を殺して措置入院から退院した人と付き合いがあるが、全然反省の色がない」と友人から聞いたことがある。

 知的障害者は取り調べのときも、取り調べ相手が怖いと、刑事が作ったストーリーに簡単に迎合してしまう。ぼくも若い時に交通事故を起こしたが、相手の言いなりに弁償したりしていた。必要以上に相手の怒りが怖いのだ。自白偏重の日本では、自分を守ることを知らない知的障害者は簡単に冤罪を着せられてしまうことも多い。
 2件の強盗事件で起訴された重度の知的障害者は、別に真犯人が現われたことで冤罪が発覚した。県警も取り調べの時に、知的障害の疑いがあることは認識していたから、スマートな手口でコンビニ強盗をやれるはずもないことは、ちょっと考えればわかったはずだ。検察も、冤罪だとわかっていて起訴したのではないのか。取り調べ調書には犯行の様子が細かく記してある。引用を見れば一目で検察の作文だとわかる。
 山本氏も、獄中で冤罪だろうと思われる知的障害者を多く見てきたと言う。山本氏のこの本のおかげで、弁護士会が動き「知的障害者弁護のガイドライン」を出した。この冤罪が明らかになった知的障害者の裁判では、裁判官も「無罪に処す」と、30分にわたり判決理由を述べたが、まず「無罪」とはどういう意味なのか、彼にわかるように何度も噛み砕いて説明すべきではないのか。

 話は続く。精神科病院に13年間「捨てられて」いた彼と養子縁組をして退院させた人が養父になった。養父は彼だけでなく、他に6人の知的障害者と養子縁組を結んでタコ部屋のようなアパートに一緒に住まわせていた。
 養父は障害年金を巻き上げ、知的障害者の名前を使い、大量の携帯電話を「仕事」に使っていたヤクザだった。最近では、闇金融やヤクザに食い物にされる障害者も少しはテレビで報道されるようになったが、年金や生活保護が確実に入ってくる障害者はいい金づるだ。
 彼の話はさらに弁護士が絡むことによって「養子縁組の無効」を求める裁判に勝ったところで終わっている。彼の明るい老後を祈りたい。
(次回に続く)


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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