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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

娘のこと

 ぼくは若い頃、24時間介護を必要とする重度身体障害者が施設を出てアパートでの自立生活をする運動に、介護で関わっていた。もちろんヘルパー制度など影も形もない頃だ。一つの施設から4人の重度障害者がアパートへ移り、たくさんの介護者を集めて松山市内で生活していた。
 水口君という男性がいた。彼は正直で粘り強く頭が良かった。対市交渉を率先して行い、市役所ではずいぶん嫌がられていたけれど、理路整然と人を説得できる人でもあった。生活保護に重度加算があることなどを「発見」したり、後に続くものに大きな足跡を残した。全障連の代表幹事も務めた。
 彼は「お尻の拭き方で、介護の上手下手がわかる」と言っていた。ぼくもそのひとりだが、水口君の介護のおかげで家事を覚えた人は多い。彼はしばしば介護者と焼き肉をして、ビールを飲んでいた。そのせいもあるのかもしれないが、脳卒中であっという間に亡くなってしまった。
 24時間介護者がいるからプライバシーはないし、精神的にとてもタフだったから、彼はいつも本音で人付き合いをしていた。今でも「彼とは本音で付き合えたなあ」と懐かしく思い出すことがある。

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 彼の周りには常に多くの人がいた。ぼくもそのつてで、人間関係を広げていくことができた。ある時、水口君の友人である車いすの男性と彼の介護者、障害児をもつ母親とぼくの4人で、ジャズバーで飲んだ。その時の障害者の母親というのが、今の奥さんである。夫に先立たれ、一人で子ども3人を育てていた。末娘が1種1級の身体障害と療育手帳Aの重複障害だ。ぼくがその場で波津子をホテルに誘ったのが、付き合い始めたきっかけだ。波津子は後に、「上品なジャズバーにサンダル履きで来たところが気に入った」と言っていた。
 まだ幼稚園児の車いすの娘は、ニコニコと微笑んでいて、「誰でも癒されてしまう」笑顔の持ち主だった。彼女がいたから、母親である波津子と知り合うことができた。デートはいつもぼくが車いすを押して3人だった。3人で方々に旅行に行った。そのころ文通していた獄中者に面会するため、福岡拘置所や東京拘置所にも3人で行った。娘は獄中者も癒した。

 娘もやがて大人になり、ムゲンで知り合った男の子とも付き合ったが、彼女の24時間介護に疲れ果てて、彼は去った。
 それから彼女は「一人暮らし」を決心した。小さい時からの「障害者も自立するべき」という親の方針も彼女の決意を後押ししたのだろう。4年間ヘルパーさんに来てもらって、一人暮らしをした。24時間来てくれる、自薦登録へルパー(重度障害者が自分の介護者を登録ヘルパーに登録するという、自薦方式のヘルパー制度)というものもあるが、このようなものも松山市をはじめ、全国的に数都市しかない。水口君たちのがんばりのおかげだった。
 喘息が起こり始め、発作があった時には、救急車で運ばれたこともあった。身体障害者が喘息を患うことは極めてまれで、「一人暮らしのストレスがどれほど強かったか」を今にして思う。自立生活後半は娘に呼ばれて、波津子は毎晩のように夜中に車で行って、喘息が楽になる体操をさせて夜中3時頃に帰って来ていた。土日は泊まり込んだ。

 息子が高校進学するのを期に、限界だった彼女は一人暮らしを止め、ぼくたち親子4人で暮らすようになった。ぼくたち夫婦と娘の3人と、そのころずっとひきこもっていた僕の弟も誘って、よくお堀端などに散歩に出かけた。弟はいつも娘の車いすを押していた。堀端の亀と一緒に撮った写真が今も残っている。散歩を続けるうちに弟はいつの間にか外に出られるようになっていた。娘は弟も癒したようだ。
 一人暮らしの反動からか、家族で暮らし始めてから緊張が抜けたのか、毎日のようにパニックが起こるようになった。精神状態も極めて不安定だった。泣いて怒ったかと思うと、ひたすら謝ることを繰り返した。娘は同居を始めて3年経つけれど、まだ4年間親と離れて暮らしたネグレクトの傷は深い。今でもパニックは続いているものの、泣き叫ぶ回数は確実に減っている。

 娘と知り合ってもう20年以上経つけれど、11月11日が「介護の日」と聞いて、身内にとって「介護って何だろう? 家族の一員だしな」と休みのない介護を振り返って、「いい思い出しか残っていないな」とつくづく思う。


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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