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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

年寄り

 ぼくも53歳になって、歳をとったなとつくづく思う。昔は波津子から「歯並びがいい」と言われた歯も、今では歯槽膿漏で前歯などてんで勝手な方向を向いている。まだまだ若いと思ってバレーボールをした後や、長い階段を下りる時など、右の膝頭が痛くてしようがない。
 もう10年以上伸ばしている髪の毛も、新しく長くは伸びない。栄養が行き渡らないのだろう。ムゲンの女性軍から「加齢臭がする」と言われるのも、もうすぐだろう。

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 思えば、ずいぶん勝手なことをして生きてきたものだ。社会から批判も受けたし、評価も受けた。犯罪者と大学教授を一度の人生で経験したようなものだ。もちろん犯罪者の大学教授もいるわけだが。
 若い時に高い理想にとりつかれて、運動にのめり込み負け続け、徐々に現実を受け入れるようになって、後ろ向きに後退を続けてきた人生だ。それと入れ替わるように、徐々に大人らしくもなってきた。
 あとは好々爺と言われて、波津子や友人たちと、犬や猫のようにひなたぼっこをしながら、お茶でもすすっていればいい、などと思っている。

 そのあとは間違いなく死ぬのだが、ぼくは先祖の墓には入りたいとは思っていない。それどころか、墓石を倒してやりたいという衝動にすらかられることがある。ぼくは成人してから、母に「幼い頃、どうしてぼくを虐待したんだ?」と聞いたことがある。すると母は「私も母にそういう育て方をされたし、それ以外の育て方を知らなかったから」と答えた。母もまた虐待の被害者だった。それを「ぼくの代で曲がりなりにも止められたのではないか?」という想いはある。もちろん、子どもからの異議申し立てや反抗は受けてはいるのだが。
 母は、自分が虐待された過去を抑圧して、女の部分にも自分にも嘘をついて神経症の鎧を着ていた。精神的外傷が原因のヒステリーのかんしゃく持ちだった。人を徹底して疑い、今でも他人を寄せ付けない。ヒステリックな面も時々顔を出すが、長く続いた子どもとの骨肉の争いで、今ではすっかり自分に正直なおばあさんに変わったようにも見える。
 そんな母は、血のつながりを何よりも大切にする。ぼくと波津子が未婚で息子ができ、籍を入れる様子がなかった時には、母は「どう波津子さんと付き合っていったらわからない」と、ぼくらに手紙を書いてきた。先祖の眠っている墓にはきっと代々、幼児虐待やDVが繰り返されてきた人たちが眠っている。ぼくは血の連鎖を断ち切りたいと思っているから、血縁関係、親類縁者との付き合いが好きではない。ぼくの代で虐待の連鎖がとまり、わが子の代からは「生きる喜びの連鎖」になることを祈っている。

 振り返って、「やっと母を許せたかな?」と思う。しかし、長い年月の母に対する反抗と非難の応酬と暴力も必要だった。ぼくは母に対する復讐だけでなく、社会全体にも復讐してきたようにも思う。この長い復讐のトンネルも経ることなく、例えば、宗教的に「汝の敵を許そう」と思っている人は、無理して自分に嘘をつかなければならない。だいたい、親が生きている間に親孝行な人などは、共依存ではないかと思う。我慢などしないで、親が生きているうちに白黒つけたほうがいいと思う。そうでないと、子どもは虐待者に同一化して、大人になってから自ら虐待者になってしまう。
 ぼくは、死んだら海に散骨してもらうことを希望している。肉体は自然に帰るのがいいだろう。しかし最近、洗礼を受けているルーテル教会から、「墓を作るから入らないか」と連絡があった。息子がもしかしてぼくたちを懐かしく思い出して、墓参りをしたいと思うことがあるかもしれない。そう考えると、ルーテル教会の墓への分骨も考えている。しかし、息子の記憶にはどんな父親として残るのだろう? 変人だったということくらいだろうか。
 でもぼくの親は、90歳近くになってまだ存命中だから、先は長いかもしれない。波津子がある日突然ボケ始め、ぼくにも老老介護の人生が待っているかもしれない。逆にぼくのほうがボケて、介護する波津子にうんこを投げつける幸せな老後かもしれない。しかし、まだらボケで時々正気に戻り、嫌な現実に戻ることもあるかもしれない。まだらボケで「殺してくれ」が口癖の人もいる。完全にボケたほうが勝利かもしれない。でも同時に、夫婦のともに生きた長い日々の記憶も失われる。

 ぼくはずっと長い間「サザエさん」に嫌悪感があって見ることができなかった。「家族仲がいいなんて、嘘っぱちだ!」って思っていた。ぼくにとって、育った家庭とは、能天気にくつろげる場ではなく、緊張と闘いの場だった。だからひきこもりにもならなかったし、家庭内暴力も小さかった。しかし、歳をとって安定し、やっと「サザエさん」を少し見ることができるようになった。息子は「サザエさん」を普通に見ているので、少しほっとしている。
 子どもが大きくなって、男性なら犯罪を犯したり、女性ならこころの病になったりするのを防ぐ家族とは、子どもが安心して暮らせる居場所であることに尽きるだろう。しつけも教育もしなくていいから、まず安心できる居場所だ。現実は、居場所とならない機能不全家族が実に多い。子どもはプラスのことは特にしなくても育つから、親がせめて害にならないことを願う。


コメント


こんにちは。
佐野さんは、
「人生と病気の先輩」だけあって
いろいろと、ご苦労されていて

すごいなぁ。と思いながら
毎週ブログを見ています。

結婚と子育てと仕事をされている
精神障害者はエリートなんだ。ということを
最近、よく感じます。


投稿者: Live | 2008年07月05日 12:25

 後輩に言いたいのは、「好きなこと」をやっていれば、別に苦労を苦労と感じないのです。Liveさんも自分の欲望に忠実に生きて下さい。
 途中で欲望と世間がぶつかる危機もありますが、運が悪ければ終わってしまうこともありますが、運が良ければ、生きることはできます。せっかく生まれたんだから、好きなことやらなくっちゃ。


投稿者: 佐野 | 2008年07月07日 20:59

佐野様
はじめての書き込みです
よろしくお願いします

私は、統合失調症 精神障害2級です。
2度入院しました。

1度目は妄想幻覚幻聴で入院
退院後ウツになり過食に走り…。
夫が、見るにみかね
お薬も通院もやめて…。
1年後に発病2度目の入院
退院後またウツに…。
過食で28kg太り
今年から家事も出来るようになり
ダイエットも出来、21kg痩せました

今現在病院に通院してる状態です。

今日の診察で先生に問いかけてみたのですが。
先生は『わからない』との事

佐野様には理解して頂けるでしょうか?

私の体験から…
精神患者は脳が進化してると思うのですが。
どう思われるでしょうか?

いきなりのコメントで失礼かと思いますが
よかったらお返事下さい


投稿者: salapist | 2009年07月07日 22:55

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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