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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

「奇形児」を産むということ

 ときどき「精神薬を飲んでいるのですが、奇形児が産まれないか心配です」という質問を女性から受けることがある。
 病者が子どもをもつことはぼくもうれしいけれど、「五体満足に産むのは親の責任だし、第一、産まれた子どもがかわいそうだ」と言う。それで、ぼくの知っている知識で「妊娠4〜7週に気をつければいいだけみたいですよ」と一応は答える。しかし「奇形児」という言葉に引っかかる。「障害児」と呼ばなくて、それこそかわいそうではないのか。

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 若い時にやっていたボランティア活動の中で、多くの障害者・障害児とかかわる経験があった。ぼくの奥さんも当時、障害児の母であった。障害者・障害児といってもいろいろな人がおり、幸せか幸せでないかなんて、周りからは絶対にわからないことだと思ったし、多くの人たちは明るく暮らしていた。「障害児は健常児より全然かわいい!」と思っていた。
 だから「奇形児」への不安を口にする人たちには「障害児ってかわいいですよ!」と必ず付け足した。
 ぼくには障害児がいると書いたが、知り合ったのは、彼女が幼稚園児だった頃。今はもう27歳の娘盛りである。娘の障害は身体・知的・精神と3拍子揃っている。ヘルパーさんに来てもらって、同居している。時々大声で泣き叫び、パニックになることもある。でも、暮らしてきた日々にはいい思い出がたくさんあるし、今もニコッと笑うだけで、こちらが癒される。かわいい娘だ。

 話を戻すが、現実問題として、健常者より手がかかる障害者を子どもとしてもつことは、病者である母としては相当なストレスになるだろうことも予想される。しかし、子どもの障害の有無だけがストレスであるわけがない。
 子どもの日常生活の周りには、さまざまなストレスフルな出来事が次々に起こるものだ。おじいちゃんやおばあちゃんなど、人の手も借りながら育ててほしい。行政の援助はほとんど期待できない。都会では育児サポートセンターのようなものもあるようだ。それに、一般的に障害者の寿命は短いことも多い。産まれてこられない障害児たちはもっと多いのだろう。でも、彼または彼女が命を輝かせる可能性に賭けたいものだ。

 また、赤ん坊を母親だけに押し付けるのではなく、家族で受け止めることが、どれほど母親の孤立感を和らげるか。これは大きな問題だ。夫の手助けがぜひとも必要である。
 ぼくは、自分が精神薬を飲んでいるけれど、まったく心配もしなかった。統合失調症の遺伝だって、するならすればいい、と思っていた。子どもから恨まれることもあるかもしれないけれど、親が子どもの人生の責任をとれるなんて、親の勝手で傲慢な思い込みだ。子どもを信じるしかない。
 しかし今、出生前の羊水診断でわかるのは知的障害か身体障害だけで、精神障害は、発症の多くが思春期以降だからわからない。DNA解析が進めば、産まれる前に統合失調症になりそうだ、などとわかるようになるかもしれない。
 DNA解析が進むことを「原因がわかる」と歓迎するムードがあるけれど、出生前に何らかの障害が発見されることがずいぶん増え、産めば将来統合失調症に育つ可能性がわかってしまうかもしれない。
 このようなことになると、胎児の状態で生かすか殺すか、親の傲慢な判断が暴走しそうな気配になる。しかしぼくは、声を大にして言いたい。どんどん障害のある子を産んでほしい。誰だって、釈迦の言った「人生は苦である」という真理にしたがって、障害の責任をとって、欠陥があることを受け入れ、人生を輝かせる可能性と権利があるのだから。


コメント


 私は去年結婚した、統合失調症の女性です。佐野さんの「こころの病を生きる」を読みました。佐野さんがいつもアクティブで進歩していってうらやましいです。
 私は幻聴幻覚の症状はなく軽いのですが、幼い頃から悲観的で、疎外感から「いつも死にたい」と小学生から思ってました。
 父が5才の時に亡くなり、母と二人で生きてきましたが、うまが合わず、誰も助けてくれなかったのですが、唯一の友人の愛犬が死んで自覚できず、ペットロスに今思えばなってしまい、わたしも遅い自立をしたいと、死んでもいいからとはたらき続けました、
 そののち、頭のなかで何かが切れる音がして自分がわからなくなり、母につれられ精神科に行って3年になり、時折働いたりもしましたが、神経性の胃炎で長続きせず、今はディケアに週5日通って、一人で家にいる孤独から、くびを吊る行為から逃れています。
 子供も持ちたいのですが、精神的に難しいだろうと、反対されていますし、佐野さんが子育ての現状を語ってるのを読んであきらめました、
 主人の父とあまりうまくいってないので、頼れず、実母は片親なので、負担をかけたくないのです。
 あなたのように目標に向かってどんどん向かえればいいのですが、私には勇気も気力も、ダメだろうという考えで、発病してからできません。
 まだ病と共存も受けいられません。私は何をしたらいいのでしょう? ついつい健常者と比べてしまいます。私なりの生き方はあるのでしょうか? アドバイスをお願いします。
 すみません、長々と。毎日起きてはディケア通いで、最近健常者の主人がペットのようになりたいと言っていて、私もペットのような怠けた生活をしているので、声をかけられなかったのですが、わたしもうつになりかけたとき同じ考えになったので、主人も欝にならないか心配です。


投稿者: うさぽん | 2008年04月05日 11:58

 発病はぼくと似ていますね。無理な自立への努力です。
 精神薬を飲んでいて、障害児ができる確率は極めて低いです。映画『ダンス・イン・ザ・ダーク』では、主人公は障害者ですが、我が子の顔を見たい一心で障害のある子供を生みます。まあ、映画は映画なのですが。
 現実に自分の子を作ってみて驚いたことがあります。じいさん婆さんが、孫の誕生を心から喜んでくれたことです。とくにぼくは母との関係が最悪でしたが、ずいぶん関係改善がすすみました。お父さんとの関係もずっと良くなると思います。それほど孫は可愛いようです。子供を預かってくれるようになると思います。
 知り合いで本人はほとんど寝たきりのうつで、子供を作り、お母さんが育てているひとがいます。
 ご主人は何らかのストレスで子供返りしているのかもしれません。


投稿者: 佐野 | 2008年04月05日 22:41

 ぼくは結婚したときに、相手から「そんな薬を飲んでいて、奇形児が生まれたら怖いから止めてください」といわれて、止めてすぐ再発し、入院となり、別れることになりました。
 今となっては笑い話ですけど。いろいろな医者に聞いてみたところ、今の薬ではあまり心配はいらないそうです。特に男には、また女性には薬を代えたり量を加減するそうです。
 障害って何でしょう? もし何か不自由なところがあれば、更に勝る何かも一緒に与えられていると思います。ハードルはその人の器の大きさだと思います。


投稿者: 風 | 2008年04月07日 10:40

 佐野さんやお仲間の方が、がんばって生きているのを知って、いつも自分を叱咤激励しています。
 僕は娑婆に出て5か月になるというのに、まだ自立生活が出来ていません。どこにも障害のない健康体だというのに、壁にぶつかると泣き言が先に出てしまいます。
 うさぼんさん、健常者といえども誰しもが、何らかの形で心に傷をおっているような気がします。悩み、戸惑いながら生きていくしかないんじゃないかな。
 首をつるなんて考えないでください。苦しみと共生しながらやっていきましょうよ。
 生きていくって、必ずしも悲しいことばかりじゃないもの。


投稿者: 折山敏夫 | 2008年04月07日 14:22

風さん:運が悪かったのですね。ぼくは、結婚してもクスリはきちんと飲んでいました。障害を持って生き抜くだけでも、十分立派です。

折山さん:生きるって悲しく辛い時ばっかりじゃないのに、ついトンネルに入っちゃうと忘れることがありますね。


投稿者: 佐野 | 2008年04月08日 18:02

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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
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