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佐野卓志の「こころの病を生きるぼく」

理想が現実に敗れる

 春日武彦という精神科医が、『病んだ家族、散乱した室内』(医学書院)という本の中で、往診で急性期の本人を1時間半以上説得しても「ラチ」があかないと、腹を括って無理に車に押し込んで入院させた。まさに「拉致」だ。
 しかし車に乗るまでは怒鳴ったりしていても、車が走り出すと妙に清々したように落ち着いてしまい、暴れたケースはなかった。本人にも病識()はなくても病覚()はあったのではないのか、このままじゃ自分でもまずいと思っていたのじゃないか、と述べている。

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 ぼくもこれで思い出すのが、ムゲンで、調子が悪いのにタクシーの運転手を始めた人がいたことだ。交通事故などを起こされたら大変なので、タクシーをかかりつけの病院に回してくれ、と誘い出して診察室へ。
 彼がカルテを放り出して破ったので、医師は注射を決意。看護師を大勢呼んで押さえつけて注射した後、暴れながら看護師たちに担がれて、保護室へと消えていった。「強制治療」に手を汚してしまった、後味の悪さが残った。もちろん「強制治療を排する」のは理想だが、そんなことはいっていられなかった。
 押さえつけた看護師だって、学校では理想を学んだことだろう。後日病棟に電話すると、本人は「入院治療に専念する」と言ってくれたので、ほっとした。

 普通、作業所のメンバーの入会条件は、病院からの詳しい紹介状を元に、職員同士で入れるかどうか検討しているところが実に多い。ムゲンは何の紹介がなくても、1〜2週間見学者として来てもらい、みんなとも話をしてもらい、月2回の当事者中心の運営協議会の多数決で、入会を許可するかを決める。
 医師の意見をないがしろにするという訳じゃないのだけれど、すでにムゲンにいる当事者さえ了解すれば、それで何の不都合があるのだろうか? という訳だ。今まで入会時に排除されたのは、ごくわずかだがいる。
 こんなことがあった。女性の入会希望者がいたが、すぐに妄想からか、ほかの女性メンバーの誹謗中傷をする人なので、入会するとトラブルの毎日になってしまうことが予想される。ぼくたちの力でトラブルを鎮めることも難しそうで、困ってしまった。
 運営協議会の場でみんなが入会反対を決定すると、入会希望の彼女からみんなが恨まれるリスクを考え、結局ぼく一人の理事長判断として「排除」することに決めた。今まで、入会してから問題を起こして辞めていった人はいても、水際で排除したことはなかった。後で罪の意識にとらわれて、「だれかぼくの判断は正しいって言ってくれ!」とこころから思ったものだ。
 「だれも排除しない」という理想は現実に敗れる。こういう後味の悪いことを避けられない場面が少なからず出てくる。でも、慣れてこの後味の悪さを感じなくなったら、怖いと思う。

 昔古本屋をやっていた頃のムゲンを思い出す。小さな捨て犬がムゲンにやって来た。ポポと名づけてみんなで可愛がっていたが、本の上にうんちはするし、本を片っ端から棚から落とす、夜中は寂しがって泣く、ポポはバカ犬だった。
 みんなで高知にドライブに行った時には、店に閉じ込めて行ったので、「泣き声がうるさい!」と近所から苦情が出て、ついに山に捨てに行ってしまった。しばらくの間、思い出しては波津子と「捨てたよね」と言い合った。ポポがムゲンで最初の排除犠牲者だったと思う。

:中井久夫氏は「苦しいところを通り抜けてきた。今と違う。あれは病気だったんだ」というのが「病識」で、「何か普段と違う。これは医者に行かねばなるまい」というのを「病覚」と述べている。


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プロフィール
佐野 卓志
(さの たかし)
1954年生まれ。20歳(北里大学2回生)のとき、統合失調症を発症、中退。入院中、福岡工業大学入学・卒業。89年、小規模作業所ムゲンを設立。2004年、PSWとなる。現在、NPO法人ぴあ、ルーテル作業センタームゲン理事長。著書に『こころの病を生きる―統合失調症患者と精神科医師の往復書簡』(共著、中央法規)『統合失調症とわたしとクスリ』(共著、ぶどう社)。
ムゲン http://www7.ocn.ne.jp/~lutheran/
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