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ヘルパー2級 オスマン・サンコンの明るい家庭がイチバン!

老人ホームに講演に行く

 ボクはときどき老人ホームへ講演に行きます。
施設の中にギニアの民族衣装を着たボクが入っていくと、おじいちゃんもおばあちゃんもみんなビックリする。しかも日本語しゃべって、演歌を歌うともっとビックリする。
 でもね、とてもいい笑顔になるんだ。そういうときって、みんなボケが治ってるような気がする。

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いつもみんなと握手するんだ


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 ある老人ホームで「忙しくてなかなか見舞いに来てくれない親戚たちが来てくれて、久しぶりに話をすることができた。サンコンのおかげだ」って喜んでくれたおじいちゃんがいた。ボクがきっかけになって、コミュニケーションできる機会がつくれたのなら、とてもうれしいこと。みんなが集まるきっかけになれたこと、みんなが明るくなることが嬉しい。
 ホームヘルパーにはいろいろな役割があるけど、ボクの役割は笑顔づくり。これが一番のセールスポイントかな。

 別れ際には、おじいちゃん、おばあちゃんと握手をするのだけれど、その手の感触が自分の母にすごく似てる。一生懸命働いた手だからかな。亡くなった母のことを思い出させてくれる感覚。肌の色は違うけど同じだなって感じる。
 老人ホームへ行くと、いつも自分の母にできなかったことを日本のおばあちゃんたちにやってあげたいって思うんだ。


コメント


サンコンさんは地道に活動されているところがすごいと思います。おとしよりと向き合うと、いろんなことが発見できますよね。
実は自分もヘルパー2級の免許を取ったんですよ。
でも、サンコンさんの苦労にくらべたらぜんぜんですけどね。いつまでも明るく笑顔をふりまいて、まわりの人を元気にできるといいですね。応援しています。


投稿者: Atsushi | 2008年03月10日 05:29

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プロフィール
オスマン・サンコン
1949年ギニア共和国ボッファ生まれ。1969年にコナクリ大学から、ソルボンヌ大学へ国費留学。1972年ギニア共和国外務省に入省し、同年、日本に大使館を開くために初来日。駐日ギニア大使館に1979年まで勤務。1980年にワシントンDC駐米ギニア大使館勤務。その後、ギニアを日本の皆さんにもっと知ってもらいたいという思いで、1984年に外務省を休職し、再来日。タレントとしてテレビ・映画などに多数出演し、全国各地で講演活動を行う。現在は、タレント活動のほか、ギニア日本交流協会顧問としてボランティア活動を行っている。また、ホームヘルパー2級資格を取得し、お年寄りとの交流にも力を入れている。
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