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南雲明彦の「発達障害と生きるということ ~当事者からのメッセージ~」

LDは、「Learning discovery」(学びの発見)でもある

 今週は、人権週間であり、障害者週間であり、イベントや講演等、目白押しですね。私も群馬や兵庫などに講演に行ってきました。そこで、私の想いもこの機会にしっかりとお伝えしておきたいと思います。

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 私は、ディスレクシアというLD(学習障害)をもっていて、それは一生変わることのない事実です。特別支援教育が本格的に始まったこともあり、訓練などでの読み書きの克服や、支援機器を用いて補っていく方法など、情報が以前に比べて、集まりやすくなり、LDをもつ人たちには生きやすい世の中になってきたのではないかと思います。
 それ自体は喜ばしいことですが、ただ、その前提として、障害を「よくないもの」というふうに捉える意識が定着している気がしています。一方で、正反対に「天才的な才能がある」という意識も同時に定着してきている気もします。
 なぜ、障害をもっていると「普通」は許されないのでしょうか。この「普通」という言葉の定義も非常に難しいのですが、私が思うに「ニュートラルな状態」だと思います。「良いところ」と「悪いところ」が斑(まだら)になっていると、どこかで両者のバランスをうまく保たなければならなくなります。

 そして、「良いところをほめる」というのは、とても素晴らしいことなのですが、この「良い」という基準は誰が何のために設けているのかが問題です。ほめるポイントと言って思い浮かぶのは、学校の成績や会社の業績でしょうか。これは明らかに目に見えて、わかる評価なので、そのような対応をするのは今後のモチベーションアップには大切なことだと思います。だけど、障害をもっている人が、「良いところがないから、ほめて、自信をつけてあげよう」という上からの目線でほめられても、嬉しくはないのではないかと思うのです。
 障害をもっていたって、同じ人間です。悔しくないはずがない。悲しくないはずがない。そして、確かにできない部分もあるけれど、その障害をもって生まれたからこそ、始まったこと、見つけたものにも、しっかりと目を向けてあげてほしいのです。

 私がこの障害をもって良かったと思うのは、他に何か才能があるとかないとかの話ではなくて、この障害をもって生まれたからこそ、出会えた人たちや、風景が確実にあるのです。それこそが、私の私だけのかけがえのない宝物です。

 LDは、「Learning Disabilities」(学習障害)でもあるけれど、「Learning discovery」(学びの発見)でもあるんじゃないのかなって思います。

 これは、学業だけの「学び」ではなくて、人生の「学び」です。生きている以上、何かを学び続けることで、それが生活の糧になります。私は、10代後半で、色々な経験をさせてもらいました。もちろん、しなくていいような苦い経験もありますが、それが今の自分の学びになり、支えてくれているのだと思います。だから、その特性をもって生まれたがゆえにしてきた経験、見てきた景色、生み出してきた考えを大切に生きていくことで、障害は自分の一部分として、生きてくるのだと思います。

 障害をもっている、いないではなくて、その人がこの世に生を受けたこと自体が奇跡で、何かの意味をもって、生まれてきたわけです。だからこそ、その前提を忘れなければ、障害をもっているからこそ、些細なことに感謝し、小さなことを発見することができる。もし、私が読み書きを当たり前にできていれば、読み書きができることがどれだけ尊く、素晴らしいものなのか、発見できていなかったはずなのです。そして、支えてもらうことで、「たくさんの支えの中で生きている」という実感を十二分に感じることができます。だから、おかしな表現かもしれませんが、障害があることに心から感謝したいと思います。このブログも障害をもっていなかったら、書いていないし、これをお読みいただいている方々とも出会っていないのですから。


コメント


南雲さん、こんにちは。
おっしゃる通りだと思います。

何よりも、大勢の人に特性を知って頂くことから
全てが始まると思います。

例えば、小学校や中学校などの必須科目として、
様々な特性を持つ人のことを、
勉強する機会があると良いと思っています。


投稿者: Trehan | 2010年12月09日 10:15

 南雲さん、こんばんは。いつも、ブログを拝見させていただいております。私自身も学習障害(LD)を持っております。しかし、昨年の途中までは、LDを公表することができませんでした。
 私は、現在、大学に通っており、授業に集中できなかったり、疑問点が見つからなかったりともどかしい日々を送っておりますが、大学のボランティア活動室の方に支援をしていただいたり、活動室に集まってくる仲間が親身に私の話に耳を傾けてくれたり、考えてくれることが何よりも心強く思っていますし、何よりもお話しさせていただいているうちに、LDをカミングアウトをする機会を与えて下さった、スタッフさんには、本当に感謝しております。
 私は、かつて、障害を持っていることに、少なからず抵抗はありましたが、ボランティア活動室と関わってからは、障害=個性と教えられ、ここまで、生きてよかったと感じております。
 私は、南雲さんのブログを拝見させていただいていることで、発達障害に関する目線が変わってきたと自分で思っている訳です。発達障害を持っており、大学の授業に思うように適応できていませんが、苦しんでいる分、学んでいると思っているので、本当に今回のブログに共感を持つことができたと思っております。
 勉強は学校だけのものでなく、日常生活から学んでいることが多いと思っております。発達障害を持ったことによって、たくさんのことを学ぶことができたり、弱い立場の人間の気持ちが分かった気がします。
 これからも、南雲さんのように、自分の持っている障害と向き合って生きたいです。長々と自分勝手な文章を打って、申し訳ありません。素晴らしいブログありがとうございます。


投稿者: TAKASHI | 2010年12月09日 22:57

Trehanさんへ
こんにちは。
本当におっしゃる通りで、小学校や中学校などの必須科目として、様々な特性を持つ人のことを勉強する機会があると良いですよね。
私もそんな日を望んでいます。

TAKASHIさんへ
こんにちは。いつも、ブログをご覧頂き、ありがとうございます。とてもご丁寧にコメント頂き、とても嬉しいです。もし、私のブログをご覧頂き、発達障害に対する目線が変わったとしたら、それはTAKASHIさんの心が曇っていないから、真っ直ぐに心に届いてくれているのだなって思います。
今後ともよろしくお願いいたします。


投稿者: 南雲 明彦 | 2010年12月14日 18:35

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
南雲 明彦
(なぐも あきひこ)
アットマーク明蓬館高校
共育コーディネーター
1984年生まれ。21歳の時に自身が発達障害の一つである「ディスレクシア(読み書き困難)」であることを知る。その後、「ディスレクシア」の存在が世の中に知られていないことから、啓発、支援活動に尽力中。
著書に『僕は、字が読めない。~読字障害(ディスレクシア)と戦いつづけた南雲明彦の24年~』(小菅宏著/集英社)、『私たち、発達障害と生きてます~出会い、そして再生へ~』(共著/ぶどう社)がある。
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