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南雲明彦の「発達障害と生きるということ ~当事者からのメッセージ~」

不登校の気持ち

 私は、高校を3回替わり、4校目で卒業しました。その時の詳しい話をさせていただきます。今では、高校(全日制、定時制、通信制)を転々としたことは、過去の笑い話としてすることができますが、当時、編入、転入というのは、簡単なものではありませんでした。親の仕事の都合などで、転校した経験のある方もいると思いますが、活動の場所を替えると、ゼロから、様々なものを新たに作り上げていかなければなりません。特に「人間関係」を築くのには、環境に慣れるための力、友達を作るために話をする力など、相当な「体力」「知力」を必要とします。

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 私は、最初の全日制高校で、2年生まで過ごしました。本格的に2次障害が出始めたのが、2年生の秋で、それから先は学校にほとんど通うことができませんでした。ディスレクシアであるが故に悩んだというのが根底にありましたが、その頃の学校での過ごしづらさについては、他の記事で書かせていただいていますので、そちらをご覧下さい。

 今回は不登校になった子どもの気持ちをしっかりと書こうと思います。学校に行けなくなるというのは、子どもにとっては絶望的なことなのです。なぜなら、小学校入学から、子どもたちは1日の大半を学校で過ごします。いわば学校は“第2の家“とも言える存在になります。不登校になり、その場所に行くことができなくなるのは、それがたとえ本人の意思のように見えても、相当ショックな出来事です。学校では、友達と勉強したり、遊んだりすることで、「社会生活」を覚えていきますが、それができなくなるのです。本人は焦燥感でいっぱいになります。焦れば焦るほど、人間、ろくなことを考えません。「現状を打破したいけれど、出来ない、どうしよう……」と頭の中がグルグル回っていくうちにパニックを起こしたり、自傷行為をしたり、逆に無気力になったり、非行に走ったりと様々な状況が起こってきます。

 私は今でこそ、講演等を通じて人前でお話していますが、不登校になってからは、人と話すこと、目を合わせることが怖くてたまりませんでした。そんな状況でしたから、2校目の定時制では、コミュニケーションがうまくいかず、なにか「変だ」と先生やほかの生徒から思われていました。私はそれでも、必死で学校に行こうとしました。しかし、頭でいくらそう考えても、すでに強固なものとなっていた「学校」という場所に対する「拒否反応」が収まることはありませんでした。
 そこで、私は3校目に通信制を選びました。ですが、その頃には外に出ることすら怖くなっていました。通信制にも週末などに登校日があるのですが、その授業に参加できず、「自分が生きることができる学校はないんだ……」と思いました。
 一方、周りの友達は高校を卒業し、大学に進学したり働いたりと、生き生きと自分のやりたいことをやっているように見えて、とても輝いて見えました。その当時の友達に会いたいと思えるようになったのも、ここ最近の話です。極端かもしれませんが、「不登校」は「劣等感」につながってきます。それを挽回するためには、やはり、「支援」と「自力」が必要になってくると思います。この両輪がうまくバランスが取れ、前に進むことができます。

 そして、私は4校目の高校に入学しました。そこは、インターネットを活用した高校で、通学する必要はほとんどありませんでした。対人関係が苦手だった私が、4回目にしてようやく自分に合った高校に巡り合え、ここで卒業することができました。
 紆余曲折をへて、なんとか卒業までたどりついたことは、自分にとって大きな経験となりました。「卒業」というのは、やはり、「過去を乗り越える」ためには大切な節目なんですよね。「竹」のように節をしっかりと作ることで、未来へ真っ直ぐに自分らしく成長していくことができるのだと思います。


コメント


 そうか、そういう事だったのか・・・とひとつひとつが今回のブログで解明できました。
 娘が高校を突然行かなくなり頑張っても校門からそれ以上進めなかったと打ち明けて家に戻ってきた事を思い出します。16歳で絶望感と焦燥感でいっぱいの中で、一人で次の高校を探し運良く続けられている姿をほめてあげたい。。。
 いろいろありましたが・・・南雲さん本当にありがとうございました。


投稿者: cobacchi | 2010年06月02日 21:23

cobacchiさんへ

コメント、ありがとうございます。
案外、大人が想像するより、子どもは複雑な糸が心の中で、絡み合っているのかもしれません。。

色々なことがありながらも、前に進もうと諦めずに進んだ娘さんと、それを見守ってくれている親御さん。

この両輪がバランス良く回ることによって、未来が開けてくるのだと思います。


投稿者: 南雲 明彦 | 2010年06月04日 22:11

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
南雲 明彦
(なぐも あきひこ)
アットマーク明蓬館高校
共育コーディネーター
1984年生まれ。21歳の時に自身が発達障害の一つである「ディスレクシア(読み書き困難)」であることを知る。その後、「ディスレクシア」の存在が世の中に知られていないことから、啓発、支援活動に尽力中。
著書に『僕は、字が読めない。~読字障害(ディスレクシア)と戦いつづけた南雲明彦の24年~』(小菅宏著/集英社)、『私たち、発達障害と生きてます~出会い、そして再生へ~』(共著/ぶどう社)がある。
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