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梶川義人の「虐待相談の現場から」

小さなお世話

 高齢者虐待の行為類型は、法的には5つに分類されています。しかし、実際の事例を前にすると、判断に迷うことが少なくありません。
 身体的虐待を例にとれば、アザが3つまでなら虐待ではなく、4つ以上なら虐待になるといった、明快な基準がないからです。

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 精神的虐待では、同じことでも受け止め方は人それぞれですし、同じ人でも時と場合で受け止め方が違うので、眩惑されそうです。
 ネグレクトは、保護責任者遺棄に近い概念ですが、配偶者や子には、法的に介護の義務はないはずなのに、高齢者虐待防止法に「介護や世話の放棄放任」とあるから、首をひねる人は少なくありません。
 また、本当に1円でも搾取したら経済的虐待として取り扱われる状況なのでしょうか。
 性的虐待については、よく「いたずらに性欲を興奮又は刺戟させ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」という三要素が引き合いに出されますが、具体的な事象にあてはめるとなればそう容易ではありません。
 身体拘束との関連も厄介です。正当な理由のない身体的虐待は、原則として虐待となるにせよ、身体拘束の形態によって虐待の類型はどう異なるのでしょうか。
 一応、客観的事実を条文と照らして判断するという建前ですが、曖昧さは拭えません。リトマス試験紙のようなものが欲しいとさえ思います。
 しかし、第一線にいる従事者は、こうした曖昧さや分かりにくさに、あまりこだわらない方がよいと思います。というのも、たとえ虐待でないにせよ、専門家として望ましくはないと思えば、対応するのが本来だからです。大きなお世話はしませんが、小さなお世話は焼きます、といったところでしょうか。
 そこで、虐待に関して小さなお世話を焼くきっかけとなるポイントですが、大別して2つあると思います。
 第一は、虐待を疑うタイミングです。それは、高齢者の立場に立ってみたとき、自分なら堪え難いだろうと思った時です。目撃でも伝え聞きでもよいと思います。人は誰でも、何らかの虐待的な被害には遭い、多かれ少なかれ耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできています。その経験を活かさない手はありません。
 第二は、通報のタイミングです。虐待者の疑いがある者の言動に手加減がないと感じたら、必ず相談・通報したいものです。この段階では、確たる証拠は必要ありません。
 もっとも、告げ口するような後ろめたさや、虐待でなかった場合の杞憂から、相談通報しにくいという声はよく耳にします。通報したら、せっかくできた信頼関係が壊れると案じる向きも少なくありません。
 ですが、相談・通報者が特定されない配慮はされますし、虐待の告知なしに支援を展開することもまれではありません。万が一信頼関係が壊れたに場合でも、虐待という現実を踏まえたうえで、再度、信頼関係築いていけばよいだけです。雨降って地固まるで、より確かな信頼関係を築く契機になることも少なくありません。
 そもそも、疑いがあるのに放置するのは、ネグレクトに等しいのですから、あれッ?という感性を大切に、迷わず相談・通報したいものです。そして、虐待でなくとも、支援が必要なら必ず具体策を講じましょう。
 一人一人のこうした小さな努力の積み重ねこそが、何より大きな虐待防止の力となるのだと思います。


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プロフィール
梶川義人
(かじかわ よしと)
(仮称)日本虐待防止研究・研修センター開設準備室長、淑徳短期大学兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。
著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
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