誌上ケース検討会 第115回 宅老所で亡くなった女性高齢者への支援を振り返る (2010年1月号掲載)

2026/10/13

このコーナーは、月刊誌「ケアマネジャー」(中央法規出版)の創刊号(1999年7月発刊)から第132号(2011年3月号)まで連載された「誌上ケース検討会」の記事を再録するものです。
同記事は、3人のスーパーバイザー(奥川幸子氏、野中猛氏、高橋学氏)が全国各地で行った公開事例検討会の内容を掲載したもので、対人援助職としてのさまざまな学びを得られる連載として好評を博しました。
記事の掲載から年月は経っていますが、今日の視点で読んでも現場実践者の参考になるところは多いと考え、公開することと致しました。


スーパーバイザー

高橋 学
(プロフィールは下記)

 

事例提出者

Aさん(居宅介護支援事業所・介護福祉士)

 

クライアント

Bさん・84歳・女性

 

提出理由

 この事例は、すでにご本人の死亡により援助が終了しているケースです。私は前のケアマネから引き継ぎ、2年間担当させていただきました。そのなかで、本人のニーズどおりに生活を送ることができたのか、本当にこの終わり方で満足してもらえたのか、時間が経っても納得がいかず、今でも心に残っているケースです。
 もし、他の方が担当していたら、どのような対応を考えたのか。他の方のご意見をうかがい、また自分自身今一度振り返ってみたいと思い、提出することにしました。

 

事例の概要

 2年前に他事業所のケアマネジャーから引き継いだときは、ご本人は入院中でした。病院から民生委員に「早く退院して施設を探してほしい」と依頼があり、民生委員から事業所に連絡が入ったのがかかわりの始まりでした。
 ご本人は糖尿病を患っており、入退院を繰り返す生活を送っていました。どこの病院からも最終的には強制退院となっていました(糖尿病があるにもかかわらず、自分の気に入ったものしか食べない。一日に何十回もナースコールを押す。大声を出す。物盗られ妄想があり、周囲の人を疑う等により)。自宅に戻って3カ月ほど過ごすうちに体調を崩し、別の病院に入院するという生活の繰り返しでした。
 お金だけを頼りに、猜疑心の塊のように生きてこられた方でした。最後は地域のなかで受け入れてもらえる病院がなくなり、かといって自宅での独居生活は難しいため、夏の間だけでも宅老所を利用することに承諾をいただき、入所となりました。医療面の管理は地元の開業医の往診を受けることになりました。
 宅老所では、スタッフがとても丁寧に対応してくださり、他人との交流やテレビで相撲を楽しむ、温かいものを食べるなど、久しぶりに家庭的な生活をされました。
 しかし、最後の言葉は「家にはお金がおいてある。家に帰りたい」でした。このケースで私が心残りなのは、「自宅で死にたい」と言ってBさんが宅老所で最後を迎えたことです。


ここから先は、誌面の PDFファイル にてご覧ください。


プロフィール

高橋 学(たかはし まなぶ)

1959年生まれ。早稲田大学大学院博士後期課程満期退学。東邦大学医学部付属大森病院、北星学園大学を経て昭和女子大学大学院福祉社会研究専攻教授。専門は、医療福祉研究、精神保健福祉学、スーパービジョン研究、臨床倫理など。