知ってるつもりの認知症ケア 第9回 「心が動く」のはどんなとき?

2025/06/13

川畑智

 

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。


川畑 : 前回は、入浴拒否がある利用者さんに関する悩みでしたね。ほかにはどんな困りごとがあるんでしょうか。

 

Cさん : はい。同じ法人の通所リハビリテーションで働いているスタッフの悩みです。一部のスタッフやタイミングによってはうまくいくこともあるものの、どうしても「入らない!」という反応が多い利用者さんがいます。その方は、自分は清潔なんだという認識があるようです。そこで、介護美容の一環として入ってもらえばいいんじゃないかとトライしましたが、うまくいったりいかなかったり。トリートメントしませんか、などのように声かけしているみたいです。

 

川畑 : なるほど。聞く感じ、そのアプローチはなかなか良さそうですよ。お風呂を身体の「清潔を保つ場所」とだけ捉えてしまうと、やはり清潔/不潔という認識にずれが生まれたときに、なかなかうまくいきません。私が実践したことのあるケースですが、いっそお風呂を運動の機会に捉えてもらおうと考えました。お風呂をしっかりと運動するためのスペースに変えて、認知症があってお風呂に入りたがらない人に「お風呂じゃないんです。しっかり温めた状態で運動するといいですよ」と勧めたら、うまくいったケースがありました。

 

Cさん : アプローチの方向性は間違っていなかったんですね。その人の心が動くのがどのタイミングなのか、見極めることが大事なんですね。

 

川畑 : 「心が動く」ってすごくいい言葉ですね。それってその人の情緒に関する部分なんですよね。だからこそ、正解があるようでないんです。情緒的な面でのアプローチということで考えたとき、うまくいった例を思い出してみてください。

 

Cさん : えっと、そうですね。以前、入浴拒否がある利用者さんで、職員に「殺される!」と恐怖心をもっている方がいました。職員間でできることを考えて、ユニット型だったので、音楽を流して環境を変えてみました。それでお風呂に入ってくれるようになった利用者もいましたね。全員じゃないですけど。

 

川畑 : もう解決策の一つが見つかっていますね。環境を変えてみるアプローチということで、「お!」と思う人も多いんじゃないかと思います。認知症の人には音楽など情緒をくすぐるようなアプローチは効果が出そうです。感情が揺さぶられるのは多くの場合、昔の思い出や記憶にかかわってくるので、最近のヒットソングを流しても喜ぶ人はあまりいないでしょうね。

 

Cさん : その人が好きだった曲や若いときの歌謡曲などを流すようにはしています。

 

川畑 : いいですね。ヒントはカラオケなどの時間にあるかもしれませんね。その人が何を歌っているのか、机を叩いて拍子をとっている歌は何かなと観察していると、その人の背景を見つけるきっかけになると思います。これは誘導の場面なんかでも有効ですよね。

 

Cさん : なるほど。たしかに。

 

川畑 : ちなみに、音楽でうまくいかなかった利用者さんには、どうやってアプローチしたんでしょうか?

 

Cさん : どうしても難しい方には、相談員と連携して家族に来てもらいました。そして一緒にお風呂に向かってもらいました。家族がいると入ってもらえることも多くて、そこからはだんだんと入浴できることが増えました。その後は職員が一緒に入るようにして、だんだん家族なしでも入浴できるような状態になりました。

 

川畑 : なるほど。家族の協力が得られるなら、それもありですね。徐々に慣れてもらいながら、長い目で見て入浴拒否をなくしていく。私も利用者さんと入ったことがありますよ。「私もご一緒してもいいですか?」「いやぁ、いい湯ですね!」なんて言いながら。大好きだという野球の話なんかしながら。

 

Cさん : なんだか絵が浮かびますね(笑)

 

川畑 : 私は飼い主に甘える犬みたいな気持ちで接していますからね。そういう意味では、担当するスタッフの性格というか、向き不向きもあるかもしれません。人には相性がありますから、そのあたりも日頃からのかかわりが大事ですね。担当するスタッフを変えたら、すんなり……なんてことも。

 

Cさん : まさにそうだと思います。なんでこの人とこの人はうまくいくんだろう、そんなに楽しくおしゃべりしているわけじゃないのに……とか。

 

川畑 : ですよね。人って不思議なものです。それは認知症のあるなしにかかわらないことですね。

 

Cさん : そういえば、情緒に関するアプローチでいうと、ゆず湯にして「今日は特別なお風呂だよ」と誘うことがあります。特に季節の行事が好きな利用者さんがいるのですが、いつもは少し閉鎖的な空間にいる方なので、少しでも季節を味わってもらえたらいいなと思って。

 

川畑 : それは嬉しいでしょうね。あるいは入浴剤を使っているところでも、「〇〇の湯」なんて名前の付いた温泉の素を入れたりするなど、いろいろチャレンジしている施設は多いんじゃないでしょうかね。私が知っているところでは、7種類を用意して、1週間で毎日色を変えている施設もありました。

 

Cさん : それもいいですね。

 

川畑 : ここまで悩みというか、すでにいろいろな方法をしているということがわかって、私がお伝えすることはあるんだろうか、というくらいですが(笑)。でも、お風呂の中だけでなくて、そもそも入ろうとしてくれないときの工夫も必要ですよね。では、次回はお風呂になかなか入ってくれないという場面での情緒的なアプローチをお話ししましょうか。

 

Cさん : よろしくお願いします!

 
川畑智さんのプロフィール

理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。