知ってるつもりの認知症ケア 第8回 入浴拒否には「背景」がある?
2025/06/04

川畑智
認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。
Cさん : 川畑さん、はじめまして。認知症ケアに関する相談があるんです。
川畑 : はじめまして! 悩みごとや困りごとについて、一緒に考えていきましょう。
Cさん : ありがとうございます。ご相談したいのは、入浴拒否のある利用者さんについてです。施設に何人かいらっしゃるのですが、うまくいくときもあれば、そうでないときもあって……。ときには「理由がわからないけど、うまくいった」なんてこともあって、どうすればいいのかはっきりしない感じなんです。
川畑 : なるほど。いわゆる再現性がない、という状態ですね。うまい具合にいっても別のスタッフには伝えられないし、経験値となって表れてこないので「これでよかったのかな」と感じてしまい、自分でもレベルアップした実感もわかないんじゃないかなと思います。
Cさん : はい、まさに。
川畑 : では、一つひとつ個別に考えていきましょうか。ただ、うまくいくコツはみなさんのケアにすでにあるかもしれませんよ。…ということでさっそくいきましょう。
Cさん : よろしくお願いします。少しプレッシャーですが……(笑)。ある利用者さんが、入所したばかりの頃はスムーズに着替えて入浴もされていたのですが、回数を重ねるうちに、浴室の扉を見ただけで「もう嫌だ!」という状態になってしまいました。それからずっと拒否が続いていて、着替え介助のときには職員を殴ったり叩いたり、蹴ったり噛みついたりするんです。
川畑 : どの現場にもありそうな悩みですね。入浴だけでなく、トイレや食事などでもスムーズに誘導できないことって多そうですよね。着替えで大変なのは、裸の状態から服を着るときですか?
Cさん : いえ、脱ぐときです。洗体をしているとだんだん落ち着いて、衣服を着るときには少し諦めたような表情になっています。
川畑 : なるほど。どうやら悩みの背景が見えてきそうですよ。お風呂場の扉を見ただけで嫌がったり、脱衣しようとすると嫌がったりするものの、お風呂に入ってしまえばそうでもなくなる、ということですよね。扉を見ただけで「なんか嫌だ」となるのは、もしかしたら浴室に行くまでの間に、利用者にとって何か芳しくないことがあったからかもしれません。たとえばスタッフさんとのやりとりのなかで、半ば強引に思えたこととか。あるいは、脱衣で時間をかけて行うことができずに、追いはぎに遭ったような印象をもったのかもしれませんね。それが扉を見ることで思い出されて「私の言うことなんて聞いてくれない」と嫌になるのかもしれません。
Cさん : どのタイミングに不快感をもっているかを考えるんですね。
川畑 : ですね。そのうえで、どうやって入浴に対する抵抗感をなくしていけるか。私たちは衣服を自力で簡単に脱ぐことができますが、人前だったらたとえ同性であっても嫌ですよね。そう考えると、気持ちがちょっとわかるんじゃないでしょうか? 原因がわかれば、時間帯やタイミングを変えてみたり、大人数じゃない場面でチャレンジしてみたり、対策を考えやすくなると思います。「誰も見ていないですよ。私とあなただけですよ」「あなたのためのお風呂」という雰囲気を伝えられると、うまくいくケースもあったりします。
Cさん : なるほど。そういえば、別の利用者さんですが、一番風呂や二番風呂だと「お湯が硬い」と言って嫌がる方がいます。それならと仕舞湯(しまいゆ)に入ってもらうことにしました。「最後にさっと入ってお風呂を洗って出てくると、ちょうどお昼ご飯ですね」という感じで「お掃除して出ませんか?」と提案したら、すんなり入るようになった方がありました。
川畑 : いいですね。その方は自宅のお風呂に入っているときは、そんな習慣があったのかもしれませんね。最後のお湯がいいということと、「掃除をする」という役割が本人にあるというのが素敵ですね。よく一番風呂を提案しがちですけどね。
Cさん : そうなんです。本人も「仕舞湯だから、後のことを心配しなくていいね」と言いながら、時間は少しかかりますが、自分で身体を洗って出てくるというローテーションができたようです。掃除して、床も全体をサッと拭いて、電気消して出てくるところまでやってくれるんです。
川畑 : そうやって、いい意味で利用者さんを乗せていくことができれば、お互いに気持ちがいいですよね。脱ぐことを嫌がる利用者さんにも、どのタイミングや要素が原因なのかを見ていく必要があるでしょう。ある介護職の方は、こんなアプローチでうまくいったと言っていましたよ。利用者さんに「お風呂の時間は何時がいいですか?」と予約してもらうように聞いて、本人に決めてもらう段取りにするんですって。そうするのがその人の性格に合っていたんでしょうね。
Cさん : なるほど。「あくまでも決定権はあなたにあるんですよ」と伝えたわけですね。
川畑 : もちろん業務のスケジュールはありますから、その中で入りたいところを自分で押さえてもらう。私たちは業務優位になりがちですから、あなた本位だということが見えたり、聞こえたりするかたちであれば、なおいいでしょうね。私たちは、利用者さんの生き方や考え方、歩んできた道、大切にしていること、やりたいことといった背景を知りましょうと習いますよね。そういったことは大切にしなければならないのですが、もちろん私たちにも背景があります。「決まった時間にお風呂に入ってもらわないといけない」「今日は○人をお風呂に入れなくてはいけない」という背景です。だから時間をかけるべきところでも「はい、はい」と軽くあしらってしまうことがありますよね。そういうのって、利用者さんに伝わってしまうものなんですね。
Cさん : 耳が痛いです。…ええっと、ほかにも相談してもいいですか?
川畑 : もちろんです。ただ、それについては次回に引き続きということで。
Cさん : わかりました。よろしくお願いします!
川畑智さんのプロフィール
理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。