道なき道をゆく! オルタナコンサルがめざす 強度行動障害の標準的支援 第20回 ちょっとひと休みーポルトガル・ABA国際学会旅行記

2025/11/28

この記事を監修した人

竹矢 恒(たけや・わたる)

一般社団法人あんぷ 代表 社会福祉法人で長年、障害のある方(主に自閉スペクトラム症)の支援に従事。厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修」のプログラム作成にも携わる。2024年3月に一般社団法人あんぷを設立し、支援に困っている事業所へのコンサルテーションや、強度行動障害・虐待防止などの研修を主な活動領域とする。強度行動障害のある人々を取り巻く業界に、新たな価値や仕事を創出するべく、新しい道を切り拓いている。


 先日、学会参加のためにポルトガルのリスボンへ行ってきました。
 「海外出張」と言うと聞こえはいいのですが、実際は街中で迷子になったり、トラムに揺られて体幹トレーニングしたり、帰りの乗り継ぎに失敗してロンドンに強制寄り道したりと、なかなか波乱含みの旅でした。
 ただ、学会では世界中の専門家が本気で支援をアップデートしようとしている姿を目の当たりにし、その熱量に触れた瞬間、「自分の仕事ってこんなにおもしろいんだ!」とワクワクが止まりませんでした。
 今回は、コンサルテーションネタはちょっとお休みして、そのワクワクと学びを、日本の現場に少しでも持ち帰れるように整理していきたいと思います。
 まずは学会の報告から!


ABAは「技法の正しさ」より「人の安心」を優先する時代に

 私が参加したセッションでは、ABAがどのような歴史を辿ってきたのかが丁寧に紹介されました。かつてのABAでは、学術研究や実践の中心が“観察できる行動の変化”に置かれていたため、支援の評価は主に「行動がどれだけ改善したか」という“成果”に基づいていました。また、その頃は感情や心理状態を扱うための理論的な枠組みが十分ではなかった背景もあり、支援の途中で見られる不快な反応や拒否のサインは、学習に伴う反応として理解されることも一般的でした。

 

 セッションの中では「当時の科学的状況としては自然な考え方だった」と前置きされていましたが、現在は様々な研究が蓄積され、ABAそのものが大きくアップデートされているという印象を持ちました。

 

 特に象徴的だったのは、「アセント(本人の同意)」を尊重する姿勢です。

・表情がこわばる
・距離を取る
・視線をそらす

 

 こうした小さな“NO(ノー)”の表現も大切な意思表示として受け止め、本人が「受けたいと思える支援」を一緒につくることが重視されていると語られていました。


行動を「4つの箱」にはめ込まない、柔軟で個別的な理解

 行動の背景を「4つの機能」(注目・逃避・要求・自動強化)にまとめる考え方は、いま世界でも広く知られています。ただし今回の学会では、それが“万能の答え”ではなく、「考えるための入口のひとつ」として使われてきたという説明がありました。

 

 実際には、人の行動ははるかに複雑です。環境、感覚、体調、対人関係、安心感……。人が行動を起こす理由はさまざまな要素が重なって生まれます。

 

 そのため現在は、分類を急ぐよりも、
 「この人にとって、今どんな環境が行動に影響しているのか」
という個別の文脈を丁寧に理解する方向へ進んでいることが強調されていました。


心理的安全性「安心しているとき、人はいちばん学べる」

 今回の講義で、とても心に響いた言葉があります。
 「人は、幸せで安心して落ち着いているときに、一番よく学べます」

 

 これは子どもだけでなく、大人にもそのまま当てはまる言葉だと思います。

 

 かつては“慣れれば大丈夫”や“学習の一部”とされてきた苦痛や葛藤も、現在のABAでは慎重に捉えられています。心理的な負担やトラウマの可能性もきちんと考え、「苦痛を伴わない支援」を優先する方向へと価値観がシフトしていることが印象的でした。

 


支援者のトラウマにも光が当たりはじめた

 成人領域のセッションでは、重度の行動障害がある方を支える職員の「心の負担」についての議論もありました。

・暴言や攻撃
・壮絶な現場経験
・自分自身のケガ
・同僚の負傷
・長期的なストレス

 

 こうした経験は、支援者の心身に深い影響を及ぼすことがあります。

 

 そこで注目されていたのが「職員版ACE」という視点です。幼少期逆境体験(ACE)の概念を応用し、支援者が現場で受けるストレスや心理的ダメージを測定し、職員のメンタルヘルスを守る仕組みをつくろうという取り組みです。よい支援の提供には、支援者が安心して働ける環境が必要というスタンスが明確に示されていました。


BST(行動スキルトレーニング)は「現場の基礎体力」

 BST(指示→お手本→練習→フィードバック)は、とても基本的なトレーニング法ですが、学会では改めてその重要性が語られていました。

 

というのも、海外の研究では、

・新任職員の1割は実質的に無研修
・3割が“問題行動への対応”を教わらないまま現場へ
・実に7割以上の職員が負傷経験あり

という衝撃的な結果も示されています。

 

 BSTは派手ではありませんが、現場を安全で安定させるための基礎体力づくりのようなものだと感じました。

 

 きっと、福祉はもっとおもしろくなる

 

 今回の学会を通して強く感じたのは、ABAがより人間的な方向へとアップデートしているということです。

・本人が安心できること
・その人らしさを尊重すること
・支援者が安全に働けること
・家族も納得し、前向きになれること

 

 こうした「人が生きるうえで大切なこと」を中心に置いたABAが、世界のトレンドになりつつあると実感しました。

 会場では、国も文化も違う専門家たちが同じテーマに向かって議論し、支援をアップデートし続けていました。その熱量に触れて、「福祉ってまだまだ進化できるんだ!」と思うと、思わずワクワクしてしまいました。この勢いに背中を押してもらいながら、日本の現場でも少しずつ前に進んでいきたいと思います。

 さて、まじめな話はここまで
ここからはちょっとリラックスして、ポルトガル旅のレポートをお届けします。


ポルトガル旅の記録

 ABAIの合間には、せっかくポルトガルまで来たので、「観光ゼロで帰るなんてあり得ない!」という謎の使命感に背中を押され、リスボン観光も楽しみました。

 

 まず向かったのは世界遺産のペーナ宮殿。
 山の上にカラフルなお城がドンッと建っているのですが、霧の中から突然姿を現すその様子は、完全にドラクエ。角を曲がったらスライムが出てきそう。私の脳内では例のBGMが流れ、気づいたらハイテンションで写真を撮りまくっていました。同じような角度の写真が何十枚も並んでいて、自分でも軽く引きました。

ぺーナ宮殿
 

 学会終了後に訪れたジェロニモス修道院は、逆に落ち着きと荘厳さに包まれた空間。
 回廊がどこまでも続くような造りで、「広くて掃除大変だろうな……」とか現実的なことを考えてしまうあたり、自分の村人A感が嫌になりますが、それでも何百年も前にこの場所で祈りが捧げられていたと想像すると、さすがの村人Aでも胸にくるものはありました。

ジェロニモス修道院
 

 街中では、念願の黄色いトラムにも乗車。
 ガタガタと坂道をきしませながら進むその姿はとても可愛らしく、車内の揺れは予想以上で、私は完全に体幹トレーニング状態。窓の外にはオレンジ色の屋根と石畳の街並みが続き、「これぞリスボン!」という景色に、旅をしている実感が湧きました。

黄色いトラム
 

 そして、リスボンで最後の夕食はタイムアウトマーケットへ。
 フードスタンドがずらりと並び、地元の人と観光客が入り乱れてワイワイしていて、「ここに住んだら“遊び人”になる自信がある」と確信しました。短い時間でしたが、お腹も心も大満足で、リスボンでポルトガル最後の夜を締めくくりました。

タイムアウトマーケット

まさかのロンドン寄り道

 ところが帰り道、乗り継ぎ便に間に合わないという予想外の事態が発生し、急きょロンドンで一泊することに。トラブルではありましたが、「せっかくなら楽しまないと!」と気持ちを切り替えて観光へ出かけました。

 

 ウェストミンスター寺院では、その壮大さに圧倒され、歴史の厚みを肌で感じました。ナショナルギャラリーでは、ゴッホやモネといった名画を間近で鑑賞できるという贅沢な体験もできました。

 

 予定外のロンドン滞在でしたが、思わぬご褒美のような時間になり、結果的にはいい思い出になりました。

 

 以上、ポルトガル旅行記でした。次回は再び、コンサルテーションをテーマに深掘りしていきます。