道なき道をゆく! オルタナコンサルがめざす 強度行動障害の標準的支援 第19回 オルタナ流コンサル――②実践:事業所アセスメントから戦略策定まで
2025/11/14
この記事を監修した人

竹矢 恒(たけや・わたる)
一般社団法人あんぷ 代表 社会福祉法人で長年、障害のある方(主に自閉スペクトラム症)の支援に従事。厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修」のプログラム作成にも携わる。2024年3月に一般社団法人あんぷを設立し、支援に困っている事業所へのコンサルテーションや、強度行動障害・虐待防止などの研修を主な活動領域とする。強度行動障害のある人々を取り巻く業界に、新たな価値や仕事を創出するべく、新しい道を切り拓いている。
前回は、福祉分野にコンサルタントを導入するときの視点や進め方についてお話ししました。今回は、私のコンサルでの中身、「実際の進め方」についてお伝えしたいと思います。
ゴールポストを立てる
前回、導入において事業所のアセスメントが重要であることを説明しました。次に必要なのは、「どこを目指すのか」を定めることです。
この「ゴールポストを立てる」作業こそ、コンサルティングの要だと思っています。ただし、ここで大切なのは、現場の声を整理したうえでゴールを考えるということ。前回話題にしたブレーンストーミングで見えてきた課題や思いを土台にしながら、法人や事業所として「何を大切にしていくのか」を再確認していきます。
つまり、現場のリアルと理念の方向性をつなぐ作業が、ここでのポイントです。
私がこの考え方にこだわるのは、ピーター・ドラッカー(経営学者)の「終わりを思い描くことから始めよ」という言葉に出会ったことがきっかけでした。どんな取り組みも、目的地が定まってこそ意味を持ちます。ゴールは、法人や事業所のコアバリューだけでなく、歩んできた歴史や文化によっても変わります。
たとえば、地域の中で「家族のような関係づくり」を大切にしてきた法人と、専門職としての「技術的支援の質」を追求してきた法人とでは、同じ「行動の安定」を目指す支援でも、見えている風景がまったく異なります。前者は「温かさのある暮らしの継続」を、後者は「支援技術の再現性と質」をゴールとして描くかもしれません。
私は、ゴールを「数字」ではなく「景色」で描くように心がけています。「誰もが安心して意見を言えるチーム」「支援が誰でも同じようにできる環境」など、目に浮かぶような日常の風景を共有することで、職員一人ひとりが自分の役割を見つけやすくなります。
ゴールを共有するというのは、上から与える指針ではなく、現場の言葉や思いを理念の言葉へと翻訳していくプロセスなのだと思っています。
私はコンサルにお邪魔した際に、よくこう尋ねます。
「一年後、この事業所がどんな空気になっていたらうれしいですか?」
その答えにこそ、組織が歩んできた「歴史」と「価値観」の両方がにじみ出ます。そして、その積み重ねの先に見える風景こそが、その事業所にとっての「ゴールポスト」なのです。
アジェンダを作る
ゴールが見えたら、次にアジェンダを立てます。アジェンダとは、「これから実行に移すべきこと」を整理し、全員で共有するための地図のようなものです。
アジェンダを示すのは、ゴールから逆算したプロセスを「見える化」したいからです。コンサルティングの中では、いつも次の三つのステップを意識しています。
1.課題を抽出して共有する
2.ゴール(目指す状態)を設定して共有する
3.そのゴールに至るプロセスを設定して共有する
この工程ごとの共有によって、現場の理解と納得が少しずつ深まっていきます。
「なぜこの順番で進めるのか」
「なぜこの課題から手をつけるのか」
その根拠を共有することで合意が生まれ、動きが生まれます。ここまでが、コンサルタントとコンサルティーの合意形成のステップだと考えています。
アジェンダは、単なる計画表ではありません。それは、「何をするか」だけでなく、「なぜそうするのか」をチームで確認し合うためのツールです。そして、さらには誰がどう動くのかを共に確かめるための場でもあります。
アジェンダには、コンサルタントが提供する支援内容だけでなく、コンサルティーがどのような行動をとり、どのような努力を重ねていくかも書きこむようにしています。
それがなければ、アジェンダは「片側だけの計画」に終わってしまいます。あくまで、コンサルタントは伴走者です。先導するのではなく、コンサルティーの中に「動きが生まれるプロセス」を整えることを優先したいと思っています。だからこそ、アジェンダは「計画書」ではなく「共通の約束」として位置づけます。
こうして合意が整ったら、いよいよ「どう進めるか」という戦略を考える段階に入ります。
戦略を立てる
ここまでの工程で、課題を整理し、ゴールを描き、アジェンダを共有しました。次に行うのは「どう進めるか」を決める工程。つまり、戦略の設計です。
私は、基本的には、状況に応じて次の4つの方法を組み合わせています。
①事例検討会
事例検討会は、現場で起きている困りごとを“共に考える”時間です。データを用いて行動や支援内容を精査する緻密な検討会もあれば、職員の悩みを共有し、思考を整理するためにPICAGIP(Person-Centered Approach Group Incident Process)法などを活用した対話型の検討会も実施します。いずれも、個々の困りごとを事例という形で整理することで、支援の焦点が見えやすくなることが目的です。事例検討会は、現場の学習効果が一番高い取り組みだと考えています。
②研修
研修は、事例検討会を支える“共通言語づくり”のために実施します。事例を深く検討するには、共通の知識と理解の土台が必要です。そのため、検討会で使用する記録や分析方法を職員が自信をもって扱えるよう、基礎的な支援理論や記録の視点などをテーマに研修を行います。つまり、研修は「事例検討をより実りあるものにするための準備運動」です。
③アセスメント
支援がうまくいかない事業所の多くは、アセスメントが不足している場合が少なくありません。そのようなときは、私が現場に入り、職員と一緒にアセスメントを行います。行動観察や特性整理を通して、「なぜ今この行動が起きているのか」をチーム全体で共有できるようにしています。利用者理解が深まると、支援方針やかかわり方が自然と整い始めます。
④マネジメント助言
最後は、組織や役職の関係性を整えるためのマネジメント助言です。どんなに支援技術を磨いても、チームマネジメントが不安定では成果が続きません。リーダー間の連携、役職ごとの責任範囲、意思決定の流れなどを確認し、統一した支援が実践できるチーム運営の土台を整えます。
これら4つの方法をどれか一つを選ぶのではなく、ゴールで描いた理想像を実現し、アジェンダで整理したプロセスを動かすための手段として、事業所の状況に合わせて段階的に組み合わせていきます。
私はよく、「まずは小さな成功からの実現」を提案します。ゴールの全体像に向けた最初の一歩を具体的に体験することが、アジェンダで共有した道筋への納得を深め、チーム全体の推進力を生み出します。
その手応えこそが、次の挑戦を支える「現場のエネルギー」になると確信しています。
その他に私が大切にしていること
しかし、いくら戦略を立てても計画どおりにいかないことも少なくありません。そんなときに大切なのは、仕組みではなく「温度」を整えることだと思っています。
私はいつも、どの層にアプローチするのが効果的かを見極めながら、それぞれの立場に合ったかかわり方を心がけています。
管理者には判断の根拠を、現場職員には安心して話せる場を。まずは「話しても大丈夫」と思ってもらう空気をつくることが、すべての出発点です。また、次回までの「宿題」をお願いすることもありますが、それは職員の負担になるようなものではいけません。「考える宿題」はあっても、「疲弊する宿題」はつくらない。こんなことも大切にしていることの一つです。
報告や相談がしやすい関係を整えるために、時には雑談をしたり、ICTツールを活用したりすることもあります。それは、コンサルティングは目に見える「成果を出す仕事」ではなく、安心を設計する仕事だと考えているからです。
福祉の現場は、ただでさえ難しい課題を抱え、日々の支援の中で神経をすり減らしながら働いている人たちばかりです。不安や不満を抱えながらも、「どうにかしたい」と踏ん張っている。そんな現場に、伴走者として寄り添えることを何より大切にしています。
私が目指すのは、「正しい答えを伝えること」ではありません。
隣で一緒に考えながら、「この方向でいいのかもしれない」と少しでも支援をする自分に自信を持ってもらうこと。そして、伴走者がいることで「もう少し頑張ってみよう」と思ってもらえることなのです。
その小さな勇気を支えるお手伝いができれば、それが私の成果ということになります。
次回は、これまでコンサルでかかわった事例を交えて、さらに具体的なコンサルの役割を紐解いていきたいと思います。
