精神疾患のある本人もその家族も生きやすい社会をつくるために 第19回:家族を丸ごと支えていくこと
2025/10/24
みなさん、こんにちは。2001年生まれの大学生で、精神疾患の親をもつ子ども・若者支援を行うNPO法人CoCoTELIの代表をしている平井登威(ひらい・とおい)です。
「精神疾患の親をもつ子ども」をテーマに連載を担当させていただいています。この連載では、n=1である僕自身の経験から、社会の課題としての精神疾患の親をもつ子ども・若者を取り巻く困難、当事者の声や支援の現状、そしてこれからの課題についてお話ししていきます。
第13回から、CoCoTELIの活動を通して感じている当事者の子ども・若者を取り巻く課題感とそれぞれができることについて、あくまでも現場で活動する一人の実践者としての視点で書いています。今回は、「家族を丸ごと支えていくこと」をテーマに書いていけたらと思います。
著者

平井登威(ひらい・とおい)
2001年静岡県浜松市生まれ。幼稚園の年長時に父親がうつ病になり、虐待や情緒的ケアを経験。その経験から、精神疾患の親をもつ子ども・若者のサポートを行う学生団体CoCoTELI(ココテリ)を、仲間とともに2020年に立ち上げた。2023年5月、より本格的な活動を進めるため、NPO法人化。現在は代表を務めている。2024年、Forbes JAPANが選ぶ「世界を変える30歳未満」30人に選ばれる。
家族を丸ごと支える
精神疾患の親をもつ子どもや若者が経験する困難は、決して「親が悪いから」生まれているものではありません。多くの場合、その背景には精神疾患を有する親自身の病気によってもたらされる生活上の制約、社会的孤立、経済的不安、そもそもの精神疾患の有無にかかわらない子育てによるしんどさ、そして家族機能が揺らぐ過程などさまざまな困難があります。
表面上、子どもが困りごとを抱えているように見えても、その根っこには「さまざまな社会構造の不利益から困難を経験している親の姿」があることは多くあります。
こうした背景を踏まえると、子どもを支えることを考えるときに自ずと見えてくるのが、「家族(親子)を丸ごと支えていく」視点の重要性です。もちろん、子どもにフォーカスを当てて支援を届けることにも大きな意味があり、安心できる第三者や肯定的な体験を積み重ねていくことは大きな支えになります。しかし、子どものみへの直接支援は、肯定的な体験を増やすことができる一方、家庭内で繰り返される逆境体験を十分に減らすことが難しい場面があるのも事実です。
逆に、親自身の治療や生活支援、パートナーのケア、祖父母など、家族という単位で丸ごと支援が行われれば、子どもの生活基盤そのものが安定しやすくなります。つまり、「家庭という環境そのものを安全に整えること」が、子どもの苦しみや不安を根本から緩和することに直結します。子どもだけではなく、「家族を丸ごと支える」というアプローチは、その意味で欠かすことのできない視点だと考えています。
リスクもある
しかし同時に、家族を丸ごと支えていくということは、綺麗な理念だけでは成立しないようにも思います。そこには危険性と難しさも存在するはずです。親子のパワーバランスを考えたとき、どうしても親のほうが強くなりがちな構造があるからです。
例えば、親が治療や支援につながることに前向きでない場合、家庭内の問題は可視化されにくいまま放置され、子どもの安全や安心が後回しにされてしまうことがあります。子どもの生活は親(家族)の意向や状況の影響を大きく受けます。
ここで見えてくるのは、「誰を起点とした家族支援なのか」という分岐点なのかもしれません。
親の意向を起点とした家族支援は、家族のパワーバランスを考えるとリスクが低くスムーズに進むように見えますが、その過程で子どもの声が拾われないまま進んでしまったり、「空気を読む」ことが優先され、心理的安全性が確保されないことがあります。
一方で、子どもを起点とした家族丸ごとを対象とした支援の介入は、子どもの権利を守ることに近づくことにはなりますが、「なぜ病気のことを勝手に話したんだ」「家庭のことを外に漏らしたのか」などといった親側の否定的な反応を招く可能性があり、支援者からは見えない場所で二次的な傷つきが生まれるリスクも伴います。
そんな相反するような難しさも、「家族を丸ごと支えていく」という視点にはあるのだと思います。
最後に
こんな偉そうなことを書いてしまいましたが、僕たちが運営しているNPO法人CoCoTELIでは、「家族を丸ごと支える支援」がまだできている訳ではありません。あくまでも、日々子ども・若者と出会っている人間として感じていること、考えていることを書かせてもらいました。いろんな見方があると思います。
設立から2年半が経つCoCoTELIでは、現在は「子どもにフォーカスを当てた肯定的な体験を増やすアプローチ」に注力しています。そんな活動を通して日々、子ども・若者と出会うなかで逆境体験を減らしていくために「家族を丸ごと支えていく」重要性とその難しさを感じています。
CoCoTELIとしても、「子どもにフォーカスを当てた肯定的な体験を増やすアプローチ」の構築の先に、「親子・家族を支えるアプローチ」を構築していく必要があると思い、そこを目指して活動を進めています。
このテーマに関心のある方がいたら、ぜひ一緒に深めていけると嬉しいです。
次回以降も日々の活動を通して感じている当事者の子ども・若者を取り巻く課題感とそれぞれができることについて、あくまでも現場で活動する一人の実践者としての視点で書いていけたらと思います。
関連書籍
中央法規出版では,『精神疾患のある親をもつ子どもの支援』という書籍を発刊しました。参考にしていただければ幸いです。
