現場の「迷い」を断ち切る!障害福祉サービス支給決定・実務の「急所」 第11回連載 転居と援護の実施責任 ~前市との支給量引き継ぎの幻想~
2026/08/12
著者
小川 幹夫(おがわ みきお)
自治体職員。都内自治体にて、10年にわたり障害福祉サービスの支給決定・支給量算定実務に従事。現場での豊富な経験に基づき、制度の「建前」と運用の「実態」をひも解く視点を持つ。司法書士有資格者として、行政法および障害福祉制度の高度な法的思考(リーガルマインド)に基づいた実務解説を得意とする。東京都身体障害者福祉司会元会長。
今回は、転居と援護の実施責任をめぐる課題について整理します。
前回
予告した「どこで」生活をしていくか、という問題です。
まず確認しておきたいのは、「転居の自由」は
日本国憲法
第22条により保障された基本的人権であるという点です。
障害の有無にかかわらず、誰もが自らの意思で居住地を選択できるはずです。
しかし、障害福祉サービスの実務に目を向けると、この自由が実質的に担保されているとは言い難い状況があります。
特に、居宅介護や重度訪問介護など、日常生活を支える在宅サービスを多く利用している方にとって、自治体をまたぐ転居は極めて高いハードルとなっています。
同一市区町村内での転居でさえ、現状の支援体制の組み直しが必要となる場合がある中で、他自治体への転居となると、事業所や相談支援専門員、医療機関との関係を一度リセットし、新たな地域で一から体制を構築し直さなければならないからです。
市区町村の「援護の実施責任」を考える
この問題を考えるにあたって、最初に「援護の実施責任」について見ていきましょう。
これは、どの自治体が当該障害者に対する支援を担うのかという問題であり、同時に財政負担の帰属とも密接に結びついています。
自立支援給付は国(50%)・都道府県(25%)・市区町村(25%)といった割合で費用を分担していますが、市区町村にとって25%の負担は決して軽くありません。
さらに、「国庫負担基準」という一定の割合についての定めがあり、これを超える部分については市区町村の負担となります。
そのため、支給決定は単なる事務処理ではなく、「財政負担を伴う判断」となるのです。

障害者支援施設や介護保険住所地特例施設に入所している場合には、施設所在地ではなく、「入所前の居住地を有していた自治体」が引き続き実施責任を負います。
一方、在宅の場合には、「生活の本拠を置く自治体」が実施責任を担います。
この際、住民票の所在地と生活実態が一致しないこともあるため、実務では生活の実態に即した判断が求められています。

つまり、住民票の手続き等にかかわらず、障害をもつ方が新たな地域で生活を始めた瞬間から、その転入先自治体がすべての給付責任と財政負担(25%+国庫負担基準超過分)を負うことになるのです。
さらに、憲法上の「居住移転の自由」があるため、自治体が財政難や社会資源の不足を理由に転入や支給申請を拒否することは法的に許されません。
したがって、財政的基盤やサービス事業者が必ずしも盤石とはいえない市区町村へ転居しようとする場合、受入れ側自治体の財政的困惑や事業者不足とも相まって、支給決定をめぐる様々な課題が生じることになるのです。
その具体的な課題となるのが、①「転入後の支給量算定(前市からの引き継ぎ)」と、②「転入先におけるサービス提供体制(地域資源)」の2点です。
以下、順を追って考えていきましょう。
前市との支給量引継ぎは幻想か?
転居にあたり、転出元の市区町村で受けていた支給量が、そのまま転入先でも維持されるかという問題があります。
支給決定はあくまで各自治体がそれぞれの基準と判断に基づいて行うものであり、特に居宅介護や重度訪問介護のように自治体間の基準の差異が大きいサービスでは、同水準の支給が認められるとは限らないのが実情です。
事務処理要領
においても、転居に伴いサービス水準が変動し得ることについて、あらかじめ利用者に説明することが求められています。
転出元自治体は、転居予定が判明した段階で手続や留意点を説明し、必要に応じて転入先自治体へ情報提供を行います。
そして、原則として転出日の翌日に支給決定は取り消され、転入先で改めて申請と決定が行われることになります。
もっとも、実務上は、転入先自治体において改めて状況を精査し支給決定がなされるまでの間、前自治体での支給量を暫定的に維持するような運用がなされているケースも見受けられます。
しかし、これはあくまで円滑な移行のための実務上の配慮にすぎず、将来にわたって同水準の支給が保障されることを意味するものではありません。
本連載でも繰り返し述べてきたとおり、市区町村ごとに支給決定基準には差異があります。そして、この差異が最も顕在化するのが、自治体をまたぐ転居の場面です。
転入先自治体に独自の基準があることは当然ですが、障害のある方の転居が生活基盤に重大な影響を及ぼすものであることを踏まえれば、少なくとも支給量の面においては、生活の連続性を損なわないよう柔軟な対応が求められるといえるでしょう。
新たなサービス体制の構築を強いられる転居の困難さ
前市との支給量引継ぎについて一定の配慮がなされたとしても、支援体制そのものを連続的に移行させる仕組みは十分に整備されているとはいえません。
その結果、転居は「就労等生活の質の向上のための選択」であるはずが、「支援体制の低下を招くリスクの高い決断」となることが懸念されます。
これが、実質的に障害のある方の転居を困難にする要因です。
実務上、このギャップを埋めるための対応として、相談支援専門員間の引き継ぎや、基幹相談支援センター同士の連携、さらには自治体間の協議等が重要となります。
しかし、特に重度訪問介護のように専門性の高い支援を要するケースでは、受け皿となる人材や事業所が転入先に存在しないこともあり、調整は容易ではありません。
結果として、自治体間の協議が平行線をたどることも少なくないのが実情です。
障害のある方の自立を支える転居の新たな仕組みづくりを考える
近年は障害者の就労支援施策が充実していることから、就労や生活環境の変化を理由とした転居ニーズは今後さらに高まることが予想されます。
その一例として、農林水産省が推進する「農福連携」が考えられます。
農福連携とは、農業と福祉が連携し、農業経営の発展とともに、障害のある方の自信や生きがいを創出し、社会参画を実現していく取組です。
この過程で、障害のある方が農業分野で継続的に働くためには、農業地域へ生活の拠点を移し、地域で暮らしながら就労することが必要となる場面も考えられます。
この場合に問題となるのが、援護の実施責任をどの自治体が負うのかという点です。
現行制度では、生活の本拠を移した自治体が原則として援護の実施責任を負います。
しかし、上述のとおり、受入れ自治体の支援体制や財政状況によっては、制度の持続可能性に影響を及ぼすことも考えられます。
こうした課題を踏まえると、現行の援護の実施責任の考え方を基本としつつも、社会参画や就労を目的とした転居については、在宅生活を前提として従前の市区町村が引き続き援護の実施責任を負う「新たな居住地特例」のような制度を検討する余地があるのではないでしょうか。
障害のある方が憲法で保障された居住移転の自由を安心して実現するためには、転居によって必要な支援が途切れない仕組みを考えていく必要があります。
生活の継続性を維持するという視点に立ち、社会参画を支える新たな制度設計についても議論を深めていくことが、これからの障害福祉行政に求められているのではないでしょうか。
