知ってるつもりの認知症ケア 第21回 「帰りたい!」の裏には何がある?
2026/07/21
川畑智

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。
Gさん : 帰宅願望がある利用者さんへの対応に悩みます。5分おきに「財布がない」「どこにありますか」と尋ねてくるんです。
川畑 : 本人としては「家に帰りたいんだけど……」といった気持ちでしょうかね。「帰ります」と言っているのに聞き入れられず、「まだですよ」「もう少し待ってくださいね」と返されてしまう。会話がうまくいかないような気がして不穏になるわけですね。
Gさん : ゆっくり傾聴しようとしても、一方的に「どこですか」が続き、ずっとGさんの後をついて回るんです。私の施設では、財布は金庫で預かって帰るときに渡すようになっているのですが、そう説明しても同じことの繰り返しで……。
川畑 : 施設によっては「買うものは特にないので財布は持ってこないで」「財布の所在は責任を負いかねます」というところもあるでしょうから、「金庫で預かるから大丈夫ですよ」というのはすごくいいですね。もしかすると、「財布は金庫で預かっているので安心してください」と口頭で何度も説明しているのではないかなと思います。
Gさん : そうなってしまっているかもしれません。
川畑 : 忙しいさのあまり仕方がないところもあります。ただ、言葉だけで伝えようとすると、うまくいきません。認知症の人は聴覚性の記憶がぐーんと低下していきます。長谷川式認知症スケールだと、3つの言葉を覚えていられるか。即時なのか、後からも思い出せるのか。聴覚性の記憶の確かさはこの検査で見えてきます。
Gさん : 「桜、猫、電車」や「梅、犬、自動車」というやつですね。
川畑 : それですね。記憶には視覚性もあって、時計や鍵など5つの物品を見せて覚えてもらう。認知症は聴覚性がより障害されるので、耳からのメッセージだけでは記憶に残りづらい。これらの検査からわかると思います。財布がきちんと保管されていることを伝えるには、視覚に訴えてあげること。どうすればいいでしょう?
Gさん : 金庫までお連れして「〇〇さん、ちゃんと保管していますので安心してもらっていいですよ」と財布が入っていることを見せます。
川畑 : いいですね。写真に撮って「〇〇さん、ここに保管しているから大丈夫ですよ」と伝えるだけでも、視覚性の情報としてインプットされやすくなります。認知症ではない私たちからすると、言葉という聴覚性の情報だけでやりとりしたほうが早いと思ってしまいがちです。帰宅要求があって「財布がない」と不安になっている。本人の苦手をサポートするために、残っている能力である「視覚性の記憶」にアプローチすることが大事です。以前、認知症の人はマイナスの4ステップである不安→不満→不信→不穏があるとお話ししましたが、そうでないと、この悪循環に入り込んでしまうのではないかなと察します。
Gさん : 介護する側からすると少し手間でも視覚に訴えかけておくと、本人も安心できるんですね。
川畑 : ですね。どうしても利用者さんが○○してくれない、と考えてしまいがちですからね。会話をするときでも、私たちの側に何が不足しているか? という視点が大事だったりします。帰宅欲求のアプローチについてもう少し話したいことがあるのですが、その前に、認知症の人とうまくいかない理由を「不足」から考えてみましょう。
Gさん : 不足、ですか。
川畑 : そう。私たち、利用者とつい「業務の内容」ばかり話していませんか? 「ご飯の時間なので、先にトイレに行っておきましょう」「リハビリに行きますよ」といったように。
Gさん : たしかに次の予定を伝えることが会話の中心になりがちです。
川畑 : それももちろん必要なことですが、コミュニケーションの本質はそこではありません。その人自身との会話を楽しんでほしい。なかなか難しいことですが、そのためにどうすればいいのか。認知症の人との関係性がうまくいかないとき、そこには「7つの不足」が隠れていることが多いんです。
Gさん : 7つも!
川畑 : まずは挨拶不足。これはわかりやすいですかね。相手の存在への無関心です。2つ目は愛嬌が不足しているとき。私はケアするとき、しっぽを振る子犬のように愛嬌を振りまいています。
Gさん : 嫌な気持ちになる人はいないですよね。
川畑 : ですよね。そして、3つ目は説明。説明不足だと関係が悪化します。ただ、長々とした説明もよくないので、新幹線のような速くて長い説明ではなくて、田舎を走る2両くらいの各駅停車みたいにゆっくり短く。4つ目は共感。「眠くてしんどい」と言われて「ベッドに行きましょう」と言うのではなく、「眠いですか? それは辛いですね」「早く気付けずごめんなさい」と感情に寄り添う。5つ目は傾聴。「帰りたいんだけど」と言われて、「今からおやつですから、行きますよ」と訴えを蔑ろにする。傾聴不足です。6つ目は連携。うまくいかないときには特定のGさんが対応することにこだわらなくていいんです。じゃないと、どうにかそのスタッフで説得しようとして、納得してもらえないままで進んでしまう。「チームケア」とは正反対ですね。最後は、自分の非に気づかないという自覚不足。自分に対応が認知症の人を不安にさせているという意識があるかどうか。自分の何が悪かったのかを理解するのが大事です。
Gさん : 言われれば納得はできますが、自分から気づけるか、ですね。
川畑 : 現場で何がうまくいっていないのか、チェックしていただけるといいと思います。自分には何が不足しているのか、相手のことを指摘するのは簡単ですが、自分の何が不足しているのかを振り返る「自覚」を持つことが、関係改善の第一歩になりますよ。
川畑智さんのプロフィール
理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。
