知ってるつもりの認知症ケア 第17回 生活動作の「スイッチ」はどこにある?
2026/05/25
川畑智

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。
川畑 : 前回は、自立支援の本当の意味を漢字からひもといてみました。その視点をもとに、認知症の人を誘導するためのアプローチを考えていきましょうか。
Fさん : はい。やっぱり難しいのは、入浴へのお誘いです。
川畑 : わかります。ただ、「お風呂に入りましょう」と声をかけても、うまくいかないことが多そうですね。
Fさん : ありますね。「今日はいいわ」と断られたりして。入浴はデリケートな部分なので難しいです。
川畑 : では、どうするか? 認知症の人は3つの「ジリツ」のどれかがうまくいかないことが多いわけですが、ここでは2番目の「自律(PDCA)」の視点で考えてみましょう。お風呂に入るまでの手順を思い出してみてください。
Fさん : 浴槽を洗って、お湯をためる。あとは入浴剤を入れたり……という感じですね。
川畑 : それがまさにPDCAサイクルです。サイクルですから、回さなくてはいけません。「実行」の前にある「計画」が抜けてしまうと、うまくいかない。誰が入れたのかわからず、いつ張ったお湯かもわからない。戸惑ってしまい、入浴することにためらいが生まれます。「入浴する」という結果だけに着目すると、できる/できないという二者択一に目が行きがちです。でも、そこに答えがあるわけではないんですね。
Fさん : 周りの人が準備をすべて済ませて、「さあ、どうぞ」となってしまうかもですね。これでは「お風呂だ」というスイッチが入らないかも。準備の段階から関わってもらうことが大切なんですね。
川畑 : 意外と私たち、そこのところには気づけないんですよね。では、どうするか?
Fさん : 「浴槽を洗うのを手伝ってもらえませんか?」と声かけして一緒に洗ったり、お湯張りボタンを押してもらう、とかですかね。
川畑 : いいですね。そうすれば「お湯がたまったから入りましょう」という自然な流れが生まれます。「バスタオルと着替えの準備をお願いしますね」「ここを私が洗うので、〇〇さんはシャワーで流す役をお願いしますね」というのでもいいですね。その後に「先ほど一緒にいれたお風呂に入りましょう」と言うと、スムーズに入りやすくなるってわけなんですよ。
Fさん : 大事なのは手順ですね。
川畑 : 食事も「手を洗う」「おしぼりで拭く」という行為は単なる衛生管理ではなく、「これから食事だ」と脳に認識させるための先行期(スイッチ)です。ここをすっぽかすと、実際の行為(結果)につながりにくくなる。「して差し上げる介護」は「準備」のチャンスを失ってしまうわけですね。
Fさん : それが「自分で気づく場面」を奪ってしまうわけですね。
川畑 : そういったスイッチがどこにあるかは、その人の生活のスタイルにあると思います。施設だと10時に朝の挨拶をして、音楽をかけながら体操をする。昼とトイレ休憩にはこの音楽が流れて……という合図がある。私たちが気づいていないスイッチがあるかもしれない。一連の流れの中にあるスイッチを飛ばしてしまうと、認識がうまくいかなくなって不安になってしまうかもしれない。本人が大事にしているPDCAサイクルを崩して、リロケーションダメージにならないように気をつけていくことが大事ですね。
Fさん : なるほど。単にできる/できないではなく、認知症の人の「自律」について考えてみます。
川畑 : そうですね。自立支援という言葉を3つの「ジリツ」という視点から見ることが大事ですね。
川畑智さんのプロフィール
理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。
