知ってるつもりの認知症ケア 第16回 目指すべきはサポーターよりもパートナー?

2026/05/11

川畑智

 

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。


Fさん : こんにちは! 早速ですが、入浴介助の悩みを聞いてほしいです。

 

川畑 : 入浴介助ですね。どんな感じですか?

 

Fさん : お風呂の介助はいらないと頑なにおっしゃる方がいます。実際には難しいので施設で入浴介助をしているのですが、いつも誘導に苦戦します。「家で入るからいい」とも言うので、「お風呂を洗うのも大変でしょうから、もしよかったら施設で入浴してください」と声かけしたりして、なんとか服を脱いでもらうところまではできたのですが、下着だけはどうしても脱ごうとしない。「一人でできるから構わないで!」と言って、下着を履いたままでお湯に浸かってしまうんです。

 

川畑 : なるほど。脱いでと言ってもそうしたくないと。

 

Fさん : その人は転倒する心配はないので、介助はせずにカーテンを閉めて見守るだけだったんですけど、脱ぎ方がわからなくて、やっぱり入れないようなんです。

 

川畑 : お風呂はふだん一人で入るものですから、誰かがいると、気になってしまうのではないかと席を外したわけですね。そのまま諦めたんでしょうか。

 

Fさん : 靴下は脱いで、足だけ洗ったんですね。「どうぞ」と言ったら、脱ごうとはしていたのですが、靴下だけ抜いで「足を洗いました」って。まあ、その理由はなんとなくわかるんですよ。ふだんから、お風呂に入ろうとしないときに、何とか入ってもらいたいので、少しでも抵抗感がないように「せめて足だけでも入りませんか?」と言ってたりしてきたわけなんですよ。こちらとしては、全身で入浴しなくても足が気持ちよければいいかなっていうことで。

 

川畑 : それはなんだかほっこりしますね。きっとその方は、せっかく案内してくれたもんだから「断ったら申し訳ない」と思って「足湯だけでも」と関係性を保持しながら足湯をしてくれたんでしょうね。気持ちとしては嬉しいけれど、といったところでしょうか。

 

Fさん : うん、そうですね。

 

川畑 : 認知症ケアでは「自立支援」という言葉はよく耳にすると思います。でも、つい「して差し上げる」という意識になりがちですよね。

 

Fさん : そうなんです。お風呂に入っていなかったりすると心配になってしまうのですが、お世話したくなるのが性分でして……。

 

川畑 : 本人が気づかないくらいさりげなく支援するのが理想ですが、なかなか難しい。最近は「経験専門家」とも呼ばれますが、認知症になった経験を積極的に発信される方々がいます。その一人が「サポートしてほしいのではなくて、パートナーでいてほしい」とおっしゃっていました。少し視点を変えた、ちょっとした違いが大事なんでしょうね。サポーターは「私」が手助けするという上下関係になりがちですが、パートナーは対等です。

 

Fさん : 「お互いさま」という関係ですね。

 

川畑 : 認知症基本法が言わんとすることも、認知症の人でも活躍できる社会で頑張れる部分は頑張っていこう、ということです。介護保険制度が誕生した当初の「して差し上げる介護」から、自立支援が大事なんだと流れが変わっていきました。

 

Fさん : それは知っています。でも、実際に手助けは必要なわけじゃないですか。要支援や要介護というくらいですし。

 

川畑 : とてもよくわかります。何もしないとなると、「なんだか今日の私、働いたのかな?」と思ってしまう。座れるのにいすを引いたりなんかして、つい余計な一手をやってしまう。ただ、これはパートナーではなさそうですね。

 

Fさん : 一見すると優しいように見えても、本人が自分で頑張ってみる機会を奪っているわけですね。

 

川畑 : ですね。理想の関係性を築くために、「ジリツ」という言葉を漢字でどう書くか、少し考えてみましょうか。

 

Fさん : なんだか国語の授業みたいですね(笑)。まずは「自立」と「自律」でしょうか。

 

川畑 : その通り。1つ目の「自立」は、他者の援助を受けずに身を立てること。歩行自立なんて言葉もありますね。ただ、認知症の人の場合、能力には波があるので、常に100%できるわけではないという理解が必要です。バーセルインデックス(BI)の評価項目には移乗自立、整容自立、更衣自立、食事動作自立などがありますね。

 

Fさん : 自立なのか、一部介助なのか、全介助なのか。

 

川畑 : ですね。自立には振れ幅がある。さらに言うと「自己決定に基づいて主体的な生活を営むこと」。障害をもっていても、自分の能力を活用して日常生活を送ったり、社会活動に参加するっていうのもそうでしょうね。では、2つ目の「自律」はどうでしょう?

 

Fさん : 自分を律する、ということですよね。うーん……。

 

川畑 : 正解です。自分で決めて、計画を立てて行動することです。PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)のように、「明日は早いから6時に起きるぞ」と自分で決めて動く力ですね。そして翌朝6時になったら自分で身を起こして、眼鏡をかけて、歯を磨いて、という「自立」が始まっていく。これも認知症の人はうまくいかないときがあるわけですよね。

 

Fさん : なるほど。

 

川畑 : で、実はもう一つ、3つ目の「ジリツ」として「而立(じりつ)」という言葉があります。

 

Fさん : んー。はじめて聞きました。

 

川畑 : 早めに白旗をあげるのも大事です(笑)。これは馴染みがないかもしれませんが、自分が進むべき道に気づくこと。たとえば、私たちは「これをするべきだ」と思って今の仕事をしていると思います。孔子の「論語」に「吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る……」という一節があります。人生を振り返って述べたとされますが、このなかに「而立」が出てきます。「自分が進むべき道に気づき、その道に立つこと」。つまり精神的な支柱のようなものですね。私たちは、身体的な「自立」だけでなく、自分で決める「自律」や、その人らしさを支える「而立」まで含めて考えることが重要です。

 

Fさん : それが真のパートナーシップにつながる、と。

 

川畑 : 今回は漢字の勉強みたいな雰囲気になりましたが、自立支援の本当の意味を考えるために少し遠回りしました。次回は、この流れで認知症の人へのアプローチを考えてみましょうか。

 

Fさん : よろしくお願いします!

 
川畑智さんのプロフィール

理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。