知ってるつもりの認知症ケア 第15回 「苦手」について本人に聞いてみたら?
2025/12/05
川畑智

認知症の人に接するときには「認知症の人の見ている世界」を正しく理解することが大切です。それによって適切で質の高いケアを提供でき、利用者は認知症になっても安心して生活することができます。
……とはいっても、さまざまな仕事をこなす日々の業務のなかでは、理想どおりのケアを行うことは一苦労です。
この連載では、認知症ケアの第一人者である理学療法士の川畑智さんのもとに、悩み多き介護職の方々が訪れ、ともに「現場のリアルな困りごとを理想に近づけるためのヒント」を模索していきます。
理想論ではなく、認知症ケアのリアルなつまずきにスポットを当ててみたいと思います。
川畑 : 前回は、本人の強みにアプローチしてみましょう、というお話でしたね。この人には視覚からのアプローチがいいのか、聴覚からのアプローチがいいのか。きちんと整理したうえでかかわり方を考えていく。視覚と聴覚の記憶のうち、どちらが優位なのか、あるいは両方が苦手なのか、きちんと整理できていなくてわからないと、相手にすごく負担を多くかけ過ぎてしまう。
Eさん : 言葉だと伝わりにくいのに、聴覚でアプローチしてしまうと、さらに疲れやすくなっちゃいますもんね。
川畑 : そうなんです。そんなふうに個々の利用者の苦手についてみていかないとならないわけなんです。以前、徘徊(ひとり歩き)について少し触れましたが、その場合で考えてみましょうか。道に迷うようになった利用者の場合、場所の見当識がうまく機能していないと言えるわけですが、施設内でもトイレに行ってから自分の席に戻ることができなくなるケースがあります。どういう先回りケアができるでしょうか?
Eさん : その人にとってわかりやすい目印を置いておく、とかですかね。あとは、時間があれば一緒について行く、とか。
川畑 : 素晴らしい回答です! その人にとって馴染みの席があるなら、そこに陣取ってもらうとか。いろんなケースがあると思いますが、そういったスキルがあると思います。では、さらに先回りしてみましょう。場所についての認識が苦手になった後、アルツハイマー型認知症の場合はどんなことが起こりやすいと思いますか? つまり、自席に戻れないときのサポートはうまくできたとして、その人が次にどんな症状が出てくるだろうか。そういった予後予測ができているでしょうか。
Eさん : えーと、場所の見当識が障害された後ということですよね……
川畑 : 急に言われると難しいですよね。ここで、そのヒントになるものとして、FAST(Functional Assessment Staging Test)をご紹介したいと思います。
Eさん : うーん、聞いたことないですね。
川畑 : それはラッキーです! FASTはアルツハイマー型認知症の進行度や重症度を7段階で評価する基準です。段階的に見ていくと、3番目のところが境界状態(MCI)です。この時期には、場所の空間認識が苦手になります。この段階では、日常生活(ADL)は自立していて、自宅や地域では問題はありません。ただ、新しい場所の空間認知が困難になってもおかしくない。一人で旅行に行くのは難しいかもしれません。まずはそのようにイメージしてください。
Eさん : ふむふむ。
川畑 : 私が過去に担当した方なのですが、お名前を書いてもらったら「ミブ3」と書きました。
Eさん : 暗号のようですね。
川畑 : 本当は「シズ子」さんです。「シ」と書きたいのに方向が間違って「ミ」に。「ズ」と書きたいのに1本足りなくて「ブ」に。「子」は棒が1本足りずに「3」と書いてしまう。
Eさん : 文字を書くときに空間認識障害が起きているんですね。
川畑 : そう。そんな状態が続いたなと思ったら、あるときは「シズコ」と書けていたりもするのですが、波があるなかで徐々にうまくいかなくなっていき、鉛筆を持つのを嫌がるようになりました。様子を見ながら、ひらがな・カタカナ・漢字・アルファベットのうち、どれが理解しやすいかを確認し、必要であれば写真やピクトグラムなどで表現するとよいでしょうね。FASTにもあるように、その時期を過ぎると金銭トラブルが増えます。このあたりが外に出ても迷うようになる、中等度のアルツハイマー型認知症ですね。この段階は独居が困難になり、入浴をなだめすかさないと入らなくなってくる。
Eさん : 空間認識が苦手になってきたと思ったら、それに続いて文字を書くことが難しくなり、その後は入浴を嫌がるようになる、ということが予測できるわけですね。
川畑 : はい。もちろん字を書くことが習慣だったりすると個人差があるわけですが、ビッグデータから考えると空間認識の障害の次の入浴の苦手につながるわけですね。あと見てほしいのは無気力・無関心(アパシー)になるということです。
Eさん : それが「疲れやすさ」に関係するんですね!
川畑 : 集中力が途切れてしまったりする、こういった特徴も疲れとは別に無気力・無関心(アパシー)なのかもしれない。アルツハイマー型や血管性の認知症の場合はこの特徴が強く出やすい傾向があります。あとは、涙もろくなったり、感情の起伏が強かったりする感情失禁が出やすくもなります。
Eさん : とても参考なりますね。
川畑 : ここで私が伝えたいのは、こういったノウハウやケアの蓄積を介護の現場だけで完結せずに、家族にもぜひ共有してほしいということなんです。認知症の人は記憶が苦手だということは誰もが知っています。そのうで耳から得た記憶が苦手ということをふまえて「文字でも残してみてください」「筆談しながら説明するとうまくいくかもしれません」と会話をするときのヒントを伝える。
Eさん : よく「何度言ってもわかってくれないんです」と言われることがあって、すぐにアドバイスできないことがありました。「言葉だけで伝えようとしているな」と思うときもあるのですが、私たちがきちんと伝えないといけないわけですね。
川畑 : よくご家族に「困りごとはないですか?」と聞いても、なかなか出てこないんです。よくCMで「水回りのトラブルを解決しますよ」というのがありますよね。水が流れないとき、止めてもずっと水が出続けるとき、水が汚れているとき、そんなときに私たちに電話してくださいねって。でも、単に「お水のことで何かあったら言ってくださいね」だけじゃ、いろんなケースがあって困るわけです。細かく教えてくれたら、わかりやすい。認知症についても同じなんです。細かく伝えないといけない。「こんなことが起こりそうなので、ここに気をつけて」なんて感じですね。
Eさん : 何がわからないかが、わからない。たしかに私たちも最初の頃はそうでしたね。
川畑 : 私たちが伝えなければ、家族はいつまでも大変なまま。認知症基本法にも「本人だけではなくて家族にも」というメッセージが打ち出されています。家族も安心した生活が送れるように、そのヒントを出せるのは私たちですよね。私たちが家族にアプローチするべきことがあるわけなんですよね。認知症に関する評価やテストはとても役立ちますが、大事なのは、私たちが利用者の様子をちゃんと見ておくこと。入浴のときの様子や、着衣のときに失行がないか。うまくいかなかったときに、原因が着衣失行なのか、観念運動失行なのか、あるいは私たちが過度な言葉かけをしたことによるものだったのか、そういうことをしっかり整理をしておかなくちゃいけません。
Eさん : なるほど。そういったことをしっかりと話し合う必要があるようにも思います。介助者一人ひとりが得意なことや経験値も違いますもんね。
川畑 : それぞれ掴んでいるポイントがあるはずです。介護は「チームケア」と古くから言われますが、実際にはうまくいかないときに「○○さんのせい」みたいになることってあると思います。そうではなくて、みんなでヒントを出し合って引き出しを増やしてみる。テクニックの部分だけではなくて、「この人は身振り手振りをいっぱい使ったほうがいいね」「先に手を振ってから近づくのがいいみたい」「喋った後にマスク取って笑顔を見せるとスムーズにいく」など、その人にあったアプローチですね。
Eさん : そういったアプローチを増やすためにできることって何かあるんでしょうか?
川畑 : 私はよく本人に「今、何だか不安そうに見えるけど、もしかして『家に帰りたいな』『今から何があるんだろう』って考え込んでましたか?」と聞いてみることがあります。すると「あなた、なんでわかるの!」とおっしゃいますね。私たちの目の前にいる認知症の人がウロウロ、キョロキョロ、イライラ、ソワソワしていたら、その様子を見て、声をかけてみるとよいと思います。「今どんな感覚ですか?」「今考えてることってどんなことですか」って。すると、感じていることを教えてくれます。もちろん、質問攻めにするわけではなくて、そのときの様子を見て「〇〇さんの手を握ってもいいですか?」「〇〇さんと話したいから横に座ってもいいですか」と気持ちに寄り添いながら、ですね。私たちが想像することも大事ですが、本人の声を聞くことはもっと大事だと思います。
Eさん : 認知症の人がどんな世界を見ているのか、一番知っているのは本人ですもんね。
川畑 : そうなんです! 今回は認知症ケアのテクニックではなくて、考え方の部分をお話ししてきました。ぜひ頑張ってくださいね。
川畑智さんのプロフィール
理学療法士、熊本県認知症予防プログラム開発者、株式会社Re学代表
1979年宮崎県生。病院や施設で急性期・回復期・維持期のリハビリに従事し、水俣病被害地域における介護予防事業(環境省事業)や、熊本県認知症予防モデル事業プログラムの開発を行う。2015年に株式会社Re学を設立。熊本県を拠点に病院・施設・地域における認知症予防や認知症ケア・地域づくりの実践に取り組み、県内9つの市町村で「脳いきいき事業」を展開。ほかに脳活性化ツールとして、一般社団法人日本パズル協会の特別顧問に就任し、川畑式頭リハビリパズルとして木製パズルやペンシルパズルも販売。年間200回を超える講演活動のほか、メディアにも多数出演。著作に『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』シリーズなど。
