【vol.21】より多く与えることよりも、控えめに与える勇気  | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/02/06

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


散歩から帰ってきたゼウスが帽子を脱ぎながら挨拶をする。昼間は夜勤明けの息子が手伝ってくれるが、夜になるとミューズの看病は完全にゼウスの役目となる。軽症認知症を患うゼウスの痩せた肩を、秋のジャンパーは隠すことはなかった。私は家から持ってきたサツマイモをゼウスの手に渡す。空腹を解消してくれるおやつになればと思う。しかし、こうしたささやかな差し入れでさえ慎重にならざるを得ない。誤って体に合わぬものを与え、具合を悪くしてしまえば、あげないほうがましだからだ。それでも私は、頑なに実習日誌を入れた封筒に書き留めておいた。できる限り分け合おうと。


 他人の手を握るときは勇気が必要だ。たとえどんなに善意の手だとしても、受け手にとって不都合ならば――孫が遊びでよく言うようにー―「ブー」となってしまう。 その瞬間、お互いの感情は氷のように凍りつくからだ。


 先輩のケアラーが送ってくれた教会の週報に、ちょうどこんな一節があった。


 「『愛とは、より多くをしてあげることよりも、控えめにすることに勇気が必要なのかもしれない』という言葉があります。何かをすることも勇気ですが、何かをしないこともまた勇気です。足し算だけがすべてではありません。ときには引き算にこそ、より大きな勇気と知恵が宿ります。

誰かがこう言っていました。愛とは、相手が喜ぶ10のことをするよりも、相手が嫌がる1つのことをしないことなのかもしれない、と。

(中略)

だから愛には、知恵と分別が必要です。プラスすることだけが愛ではありません。控えめにする勇気こそが、愛なのかもしれません。

愛は時々足し算ではなく、引き算に宿るものでもありますから」


 ケアラーとして、私はこの言葉を胸に刻んでおくべきだと思った。しかし、思いと行動はいつも一致するわけではないらしい。私はつい、カバンからサツマイモやバナナ、ポップコーン、チーズを取り出さずにはいられなくなる。そして自分に言い聞かせるように呟く。無理に買って来たわけじゃない、家にあるものを少し分けているだけじゃないか、と。


 ドンシムビル103号の男性たちはよくやっている。そっとそばで見守ってあげれば、彼らは自分の囲いの中でミューズの世話をすることができる。しかし、ベッドで何もしてあげられないミューズの心は、いったいどうだろう。


 それでも私のミューズは、自らの居場所を固く守っている。夫と息子を守るために、痛む体を奮い立たせて笑顔を見せ、うなずき、「大丈夫よ」と声をかける。百万ドルの価値がある、ミューズの微笑みを見るため、家族は皆、懸命に生きている。そんな家族の傍らで、たとえ一時であれ、隣人として寄り添える私はーー他人と家族の狭間に立っている。


 私は、愛を控えめにできる勇気が必要な人間なのかもしれない。近づきすぎて、結局は傷つけてしまう関係ではなく。そして愚かな私はこう言い訳する。相手が嫌がるたった一つのことをしないための努力が、ここにあるのだと。行動しなければ、相手が何を嫌うのかさえ、結局はわからないだろうと。


 ゼウスはチーズとサツマイモとバナナが好きだ。せめて彼がどんな食べ物を嫌うのか、知る努力くらいはすべきだろう。そんな私の努力(あがき)を、可愛く思ってくださったのか、ゼウスは家に戻る途中、こう呟いた。


 「みんな一緒に暮らせたらいいのに」



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。