【vol.22】夫婦は無口だけど  | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/02/20

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


「今日は気分が良くないみたい」


 コートを脱ぎながら目礼をすると、先輩の介護スタッフが言った。私は家から持ってきたクリームパンとペストリーを食べやすく切り、2皿に分けて盛る。一つは散歩から帰ったゼウスのもので、もう一つはミューズのものである。


 ミューズはお粥の代わりにご飯を食べ始めたらしい。息子が買ってきたパンを美味しそうに食べたこともある。けれど今日は、食べたくないと言われた。皿に持ってきたパンをベッドテーブルに置き、ミューズの表情を観察する。


 こういうとき、孫との日常が助けになる。保育園で一日中離れて過ごしていると、孫が嬉しそうに駆け寄ってくることもあれば、その嬉しさのあまり駄々をこねることもある。ミューズの反応が、自分の痛みを訴えたいのか、体調が悪いのか、憂鬱なのか、それとも本当に食べたくないだけなのか――それを見極めなければならない。


 乱れた髪を整えながら目を見つめると、ミューズの目が泣いている。私は憂鬱です··…… 生きたくない……そんなふうに語りかけてくる目つきだ。その眼差しを胸に長く留めていると、私まで引きずられてしまいそうで、朝日が差し込む窓へと視線を移す。そして、もう一度そっと頬に手を当てる。


 「お粥の代わりにご飯を食べられたそうですね? お元気になられましたね。子供がハイハイから、一人で立って歩くようになる――そんな、とてつもない進歩です」


 ミューズのベッドをゆっくりと上げながら、私は言葉を続ける。


「私たちも、死にそうだ死にそうだと言いながら、いつの間にか生き返ったりしますよね。ああ、食欲がなくて食べられない、と思っても、ご飯を水に浸して一口、二口と食べているうちに、ふっと食欲が戻ってくることもあります」


 電動ベッドが上がると、ベッドテーブルの上の皿がミューズに近づいた。薄いペストリーの上に、雲のように浮かんだクリームをフォークで軽くすくい、ミューズの唇へ運ぶ。 唇についたクリームを、ミューズが味わう。 甘い。柔らかい。 口の中でクリームが溶けると、ミューズが噛み始めた。


 コーヒーポットで水を沸かし、温かいお湯を飲む。また一日が始まるのだった。


 先輩のケアラーが「聖書を読みましょうか?」と尋ねると、ミューズは嬉しそうにうなずいた。


 十数年間ケアラーとして働いてきた先輩が読む聖書を読む。そのそばに腰を下ろし、私も耳を傾ける。しばらくすると、低くいびきが聞こえてきた。ミューズは、ぐっすりと眠りに落ちたようだ。


 言葉に表せない感情が、聖書の物語とともに押し寄せてくる。古びた壁紙には11月のカレンダーが掛かっている。貧しい三人の女性が、それぞれ思いにふけりながら聖書を読んでいると、散歩から戻ったゼウスが帽子を脱ぎ、挨拶を交わす。


 ベッドのそばに立ち、妻を見下ろすゼウスの口元が、にっこりと笑っている。


 「我が内務大臣」


 ゼウスは妻を、内務大臣と呼ぶ。ふさわしい名前だ。目を閉じていたミューズも、夫を見つめ返す。不思議なことに、この夫婦は口数が少ない。言葉はないが、強い連帯を感じさせる。長い年月を共に走り続けてきた仲間が、いまは天に定められた時間へ向かって歩み、互いに支え合っている。


 部屋を見回す。古い五段引き出しと、使い古した椅子。居間もまた、ミューズとゼウスの手垢が染みついた古びた家具と家電が飾られている。夫婦が築き上げてきた、美しく、ゆったりとした、少し寂しげな空気が漂うこの家にいると、私も似てくるのだろうか。


 私は似ていたい。
 



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。