【vol.19】足りない2%の使命感を求めて | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/01/08

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


どこからそんな涙が出るのかもわからず、ぐうぐうと泣いていたら、胸のあたりがすっと軽くなった。外は冬の空から雪が降っていた。
 

先輩に「2時間の在宅ケアのために、往復1時間も費やすべきか悩んでいる」と相談をしたところ、「この仕事は使命感がないと務まらない」「あなたはまだ若いんだから、別の仕事を探したほうがいい」と返され、その言葉が頭から離れなかった。何というか、次元の違う世界を感じたいと言うべきだろうか。
 

足りない2%の使命感を探しに、90歳で独身のミューズに会いに行った。一ヶ月前のことだ。
 

その日は、すでに活動しているケアラーがキムチチヂミを焼いていた。ざるには、7枚ほどが広げられ、ケアラーは人当たりの良い微笑みを浮かべながら、私が滞在した二時間、ずっとキムチチヂミを焼き続けていた(「お一人暮らしなのに、どうしてそんなにたくさん?」「取っておいて食べるのよ」という短いやりとりを交わした)。 
 

私がリビングの床拭きをしている間、ミューズの目が私をついて回る。陶器のほこりを払うとき、敷物をはたいて元の位置に戻すとき、ミューズの表情には何か――あと2%が足りないという感覚を受けた。敷物の位置が少しずれていたせいかと思い、細心の注意を払いながら掃除をした(社会福祉士から、従来の介護士のサービスでは物足りないと感じているらしいと聞いていたので、なおさら慎重になった)。
 

翌日からのサービス開始を前に、社会福祉士から「活動しなくても良い」という連絡が入った。「気に入らなかったのかもしれない」と思った。
 

そして今日、90歳の独身であるミューズと再会した。約束の時間に遅れまいと、私は走った。
 

 

独身のまま甥たちを育て、今は一人で暮らすというミューズは、私の名前を尋ね、電話番号も聞いてきたので、手帳サイズの付箋に書いて渡した。次に、家の住所も書いてほしいと言う。
 

90歳のミューズが後日、感謝の宅配便でも送ってきたら気が引けると思い、町名だけ伝えた。再度、ミューズに正確な住所を求められ、「なぜ住所が知りたいんですか?」と尋ねると、ミューズはこう言った。
 

「仕事をちゃんとしなかったら、訴えるつもりだ」
 

しばらく沈黙が流れた後、私は着ていたエプロンを脱いで、たたんだ。
 

「すみません。どうやら私には無理そうです」
 

社会福祉士に電話をかけ、同じ言葉を繰り返すと、ようやくミューズは「冗談だよ」と言ったが、その言葉のほうがもっと怖かった。
 

涙がぽろぽろと流れ落ちた。どこからこんな涙が出てくるのか、自分でもわからないまま、窓の外では静かに雪が降っていた。
 

「ああ、どうしてそんな怖いことを言うんですか?」と笑い飛ばす余裕など、私にはなかった。
 

狂ったように三駅分を歩き、電車を乗り継いで会いに行った後輩は、私よりもさらに痛々しい表情を浮かべていた。
 

 

家路につく途中、こんなことを考えた。足りない2%の使命感を見つけることには失敗したが、90歳で独居するミューズの立場なら、見知らぬ他人を信頼するには、どうしても何らかの確証が不可欠なのだろう。いずれは、足の不自由な彼女の玄関の暗証番号も知ることになる。一日中つけっぱなしのテレビからは、恐ろしいニュースが無限に繰り返される。不安になるのは当然だ。
 

在宅訪問ケアに携わる者として思う。健康保険組合などが、信用保証保険への加入を必須にする案は、模索できないだろうか。
 

独居老人が自らを守り、安全を感じられるような、心理的な安全装置は何なのかを考えてみた。



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。