【vol.18】痛みを経験してこそ、痛む人の心がわかる | 私はミューズとゼウスのケアラーです
2025/12/22
韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学
激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
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そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』『こんなに泣いて疲れたでしょう』『東京因縁』)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア三部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。
「今日、出勤していたら大変なことになるところだったな」
肺炎と診断された孫の入院手続きを終え、私はそう呟いた。
先週、風邪をひいた孫の世話で在宅介護実習を休んでしまったため、今日だけは無理をしてでも孫を保育園に送りたかった。しかし、夜通し苦しみ、明け方になってようやく眠った孫を、どうしても起こすことができなかった。
先輩の介護士に電話したが、移動中なのかつながらない。もう一度、孫の額に触れてから、メッセージを送った。
先週、私自身も一晩中の看病で咳と熱が出始め、風邪を理由にメッセージを送ったとき、先輩からこんな返事が来て感動した。
「風邪はどうですか。お薬は飲まれましたか? ご飯は食べられますか? お一人暮らしで心配です。どうか早く良くなりますように。温かいお湯と、温かいお食事をたくさん召し上がってください」
最近、私はイ・ハニョン牧師の『ミョンジャ姉さん』を読んでいる。読むきっかけは、日曜礼拝で聞いた牧師の体験談だった。27年間、がんと闘い続けた姉の話をどこかで見聞きした覚えがあり、調べてみると、その日の説教者こそが『ミョンジャ姉さん』の著者だった。ごく簡単な語りだったにもかかわらず、何週間も私の心から離れなかった。
――痛みを経験してこそ、痛む人の心がわかる。
眠る孫の顔を見下ろしながら、私は先輩介護士への感謝の返信を書いた。
「先生、温かいメッセージをありがとうございます。痛くても痛がれない私は、今日は孫の言語療法に付きそい、夜は溜まった洗濯に追われ、慌ただしい一日を過ごしました。月曜日に元気な姿でお会いしましょう」
そう約束したのに、私は約束を守れなかった。
けれど、その約束を破ってでも孫を病院に連れてきて、良かったと今は思っている。
介護施設で3交代制で勤務をしていた頃、介護士は「病気になってはいけない存在」だった。痛みがあっても、仕事をしなければならなかった。
代替要員が足りないため、休みの日の職員が出勤したり、日勤の職員がそのまま夜勤を担当したりする。休むこと自体が、誰かに迷惑をかけることになってしまう。
そんな環境で働き続けると、余裕を持つべき心は次第に硬くなる。病む人を看る者の心が硬くなれば、苦痛のなかに横たわる人の繊細な感情をすくい取ることは難しくなる。
今日、私が病み、そして私の家族が病んだことは、もしかすると、魂がもっと目覚め、キラキラと輝くための合図ではないだろうか。
激しい咳で一睡もできなかった孫の、丸まった体を抱きしめると、私の体のあちこちまでズキズキと痛み始める。
病んでみなければ、病む人の心はわからない。
肉親が病むと、世のなかに散らばる無数の痛みが、ほんの少しだけわかる気がする。
著者紹介
イ・ウンジュ 이은주

1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、
