ソーシャルワーカーに知ってほしい 理論とアプローチのエッセンス 第13回 危機介入アプローチ

2025/07/02

 自然災害、事故、暴力、虐待、身体的、精神的な病気、愛する人の喪失等、逆境的な経験は、あなたを危機に陥れる可能性がある。また人生の発達過程で経験する受験、就職、結婚、出産、子育て、退職、更年期等もストレスの伴う出来事であり、適応できないと危機を経験するだろう。
 こうした状況に素早く介入し、崩れた情緒的なバランスを回復させ、以前の状態に近づけるよう問題解決を手助けする短期的な支援—それが危機介入アプローチだ。


【著者】

川村 隆彦(かわむら たかひこ)

エスティーム教育研究所代表

「エンパワメント」や「ナラティブ」等、対人支援に関わる専門職を強めるテーマで、約30年、全国で講演、研修を行ってきた。
人生の困難さに対処する方法を YouTube インスタグラム で発信中。

 

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回避できないストレスが危機を引き起こす

 あなたは情緒のバランスを保ちながら生きている。だからストレスを感じても、通常は、自身の努力や家族、友人の支えにより、危機を回避しようと努める。しかし、回避できないほどのストレスを感じた場合、危機を経験する。

 

危機は心身に深いダメージをもたらす

 危機に直面した経験を思い出してみよう。ショック、混乱、不安、抑うつ、怒りを伴う悲嘆感情など、精神的苦痛や身体的機能障害を覚えているかもしれない。時には、社会生活が混乱し、問題解決能力が著しく損なわれることさえある。
 ただ不思議なことに、同じような出来事を経験しても、危機的状況に陥る人と回避できる人がいる。その違いに目を向けてみたい。


危機を回避する3つの要因

 アギュララ(Aguilera,D.C.)は、ある出来事が、危機的状況になるか、それとも回避できるかは、3つの要因にかかっていると述べた。

 

①現実的な知覚がある

 直面している危機は、まったく受け入れることのできない悲劇なのか? それとも、乗り越えることのできる試練なのか? 知覚の差によって情緒的バランスを回復する道程も変わる。もしあなたに「現実的に理解する力」があれば、それだけ危機を回避する道を進む。

 

②対処能力がある

 出来事に対処する力は経験からくる。人は過去に試して成功したことを、似たような状況においても試みようとする。危機的状況に対して、あなたはこれまで、どのように対処してきただろう? 過去に危機を乗り越えてきた対処能力があれば、危機を回避する可能性も高まる。

 

③社会的サポートがある

 家族や友人など、信頼できる人々からのサポートがあれば、あなたはストレスに立ち向かうための強さが得られ、危機を回避する力となる。


危機介入のステップ

 危機介入アプローチでは、こうした3つの要因を強め、危機を回避できるよう、サポートすることになる。次のようなステップを意識してみよう。

 

死産を経験した夫婦のケース。36歳で妊娠、経過は順調だったが、出産が近づく頃、胎児の心臓音が止まった。突然の出来事に夫婦ともショックを受け、危機的状況に陥った。

 

 

悲嘆作業

 突然の喪失から生じる心痛は、「怒り」「悲しみ」「自責」など、さまざまな感情を伴い、心の奥底に押し込められている。その感情をオープンにしていくことから悲嘆作業がはじまる。
 第4回で学んだActive Listeningのスキルを活用することで、この夫婦に、丁寧に寄り添い、押し込められた否定感情を、言葉を介して外へと解放していくことができる。彼らは泣いたり、取り乱すかもしれないが、表出する感情や痛みを、一緒に分かち合いながら、外へ押し出すことで、少しずつ今の経験を「現実」として捉えることができるようになる。

 

危機を現実に知覚できるよう助ける

 誰しも、「直面している現実が夢であってほしい」と望むものだ。しかし遅かれ早かれ、これが現実だと理解することになる。そのプロセスには「痛み」が伴うため、しっかりとした支えが必要になる。
 「子どもを失ったことをどう捉えているのか?」「子どもと一緒に葬られてしまった夫婦の夢とは何か?」など、丁寧に掘り下げ、耳を傾け、失ったものの意味や価値を受け止めることになる。この過程で夫婦は、少しずつ現実を受け入れはじめることができる。
 時に現実を歪んで知覚し、もつべきではない罪悪感を抱くことがある。妻は「この子が死んだのは、私が高齢出産だったからだ」と訴えたが、誰も逆境の原因のすべてを理解できないものだ。極端な自責はさらに危機を促進させることになる。

 

対処能力を探る

 人は過去に試して成功した対処を、似たような状況においても試みようとする。そのため、過去の対処の経験を探っておく必要がある。つまり現在の問題への対処を探るには、その人が過去、問題解決において、どのような対処を試みて、成功しているかを知る必要がある。 
 妻には過去に親しい友人を失った経験があった。そのとき彼女は「手紙を書く」という方法で感情を外へ出すことができた。こうした対処が、現在の状況においても使うことができるか考える必要がある。

 

 

社会的サポートを強化する

 この夫婦に「すぐに手を貸してくれる、信頼できる人々がいるか」と尋ねたところ、互いの両親と友人たちの名をあげることができた。こうした人々との温かな交わりは、立ち直るための大切なリソースとなる。
 もちろん同じ経験した人々同士のサポートグループでは、互いの気持ちを分かち合うことができる。そこにはすでに苦しみを終えて、新しい生活を手に入れた人々もいて、希望と助けの手をもたらしてくれるかもしれない。もちろん、いつの日か、この夫婦が誰かを助けることができる日が来るかもしれない。

 

 危機介入アプローチは、災害や死別などの緊急事態にだけ行うわけではない。人生を過ごすうえで、直面する生活課題のなかには、危機をもたらす状況が多々あり、そうした場面でも活用できる

 

 次回は、喪失と悲嘆に関連したグリーフワークを取り上げたい。