ソーシャルワーカーに知ってほしい 理論とアプローチのエッセンス 第12回
2025/06/16

ナラティブ・アプローチ
一人ひとりが語る人生の物語—ナラティブに焦点をあてるとき、あなたは何を理解するだろう? それは、あなたが生きてきた物語に新たな光を照らし、振り返り、語り直すことである。
【著者】
川村 隆彦(かわむら たかひこ)
エスティーム教育研究所代表
「エンパワメント」や「ナラティブ」等、対人支援に関わる専門職を強めるテーマで、約30年、全国で講演、研修を行ってきた。
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ナラティブ―人生の物語に価値を見出す
誰もが人生の物語をもっている。しかしほとんどの人は、それを心の奥底にしまい込み、誰にも語ることなく、生き続けているものだ。だからその人の本当の輝きや強さは、誰にも気づいてもらえない。きっと本人でさえ理解していない。だからこそ私たちは、もっと自身と他者の物語に向き合い、振り返り、意味づけ、語り、そして聴く必要がある。このことがナラティブという意味になる。
あなたが自分の物語を語り、私が聴く、そして私が自分の物語を語り、あなたが聴く。そこに「共感」が生まれ、さらに語り、聴きたくなる。そこから私たちは、互いの「生き様」「苦闘」「強さ」を発見するだろう。こうしたナラティブを通して、私たちは人生の物語に価値を見出すことができる。
語り、聴く過程では、かなわなかった「理想」や苦しみ続けた「現実」、そこから生じる葛藤を再体験するかもしれない。しかしあなたはすでに乗り越えてきた。そのことに気づくならば、確かな勇気を得ることだろう。
あなたは、物語によって、自分自身と人生を意味づけている
これまでの人生で、あなたは、いくつもの出来事を経験してきた。それは未整理のまま床に散らばった写真のようなものだ。あなたはそこから1枚ずつ選び、過去→現在→未来という時間軸に沿って並べ、アルバムをつくってきた。つまり出来事(=写真)が選ばれ、つなげられ、まとまった筋書きをもつ物語(=アルバム)となった。この物語によって、あなたは自分自身と人生を意味づけている。あなたのアルバムには、どんな写真があるだろう?
ある女性のアルバムは、忙しく働きながら、子どもたちを育てた写真で埋め尽くされている。彼女は、仕事仲間や子どもたちと過ごした人生の物語を通して、自分が何者であるか、また自分の人生がどのようなものかを意味づけている。
あなたは新しい物語をつくることができる
アルバムをつくったとき、選ばれた写真はほんのわずかで、残りの写真はつなげられることなく、床に散らばったままだ。それらを拾い上げ、他の写真とつなぐなら、別の物語がはじまる。同じ出来事でも、別の物語のなかで語ることさえできる。だから、今手にしている物語が苦痛で埋め尽くされているなら、それを捨て、あなたの支えになる新しい物語をつくることができる。これがナラティブ・アプローチの目指していることだ。
ドミナントストーリー―問題がしみ込んだ主流の物語
精神的な苦痛や過去の失敗、劣等意識などの問題がしみ込んだ主流の物語をドミナントストーリー(以下、DS)と呼ぶ。DSは、人を苦しめ、支配し続ける。いつしか私たちはDSだけが、自分のもっている真実の物語だと信じ込んでしまう。
ベテランの医療ソーシャルワーカーから、つらい過去について聴いたことがある。まだ新人だった彼女は、上司から「あなたはこの仕事に向いていないね」と言われ、深く傷ついてしまった。それ以来、彼女は自信がもてず、いつも「自分はこの仕事に向いていない」と思い悩んだという。
私は悲しい気持ちになった。なぜなら、彼女はこれまですばらしい仕事を成し遂げてきたし、有能な後輩を何人も育ててきたからだ。そこでこう言った。「もう終わりにしましょう。あなたの物語に沁みついている大きな問題を捨ててしまえばいい。あなたはもっとすばらしい物語を築いてきたはずだ!」
ドミナントストーリーを解体する
もしあなたが、DSに支配されてきたならば、そこから逃れることができる。そのためには、DSを振り返り、語りはじめることだ。そしてDSにしみ込んだ問題の正体を見極め、あなた自身から問題を切り離すことで、DSを解体する。
本当の問題は人にあるのではなく、「問題そのもの」だと知っておこう。DSのなかに存在する「苦痛」「失敗」「問題」は、あたかもあなたの一部のように見えるが、本来、あなた自身とは別のものだ。だから問題とあなたを切り離そう。そうすれば、DSは弱くなり、もうあなたを支配することができない。
このように、ナラティブ・アプローチでは、「問題は、外から入り込んだものなのだから、外へ動かすことができる」と捉えているのだ。
オルタナティブストーリーをつくり、強める
DSを解体したなら、過去の床に散らばった未整理の写真を探し、それらを新たににつなげることで、オルタナティブストーリーをつくることができる。これはあなたを支える新しい物語だ。
新しい物語をつくる鍵は、解決志向でも取り上げた「例外」にある。ドミナントを語るなかでは、失敗だらけのなかでの成功など、そこに馴染まない例外的な物語がある。
ベテランの医療ソーシャルワーカーの話に戻ろう。彼女は、誰にも言えなかった過去に受けた傷を切り離そうとした。私は彼女に、これまでの仕事で達成してきた、すばらしい思い出の数々を語ってもらった。それは自信をもてない物語のなかで、輝いている例外である。語りながら、彼女は新しい物語をつくりはじめた。そしてそれこそが彼女にとっての真実の物語だった。今、現場で活躍している後輩たちは、きっと彼女の新しい物語を支えていくことだろう。
今回、ナラティブ・アプローチのエッセンスを取り上げた。さらに詳しく学びたい方は、現在、『月刊ケアマネジャー』(中央法規出版)で連載している「ナラティブの世界へようこそ―人生の物語を捉え直す旅へ出よう―」を参照してみてほしい。
次回は、「危機介入」について取り上げたい。