わが国の生涯学習、および社会福祉施策は今
それにしても、今、なぜ、大学に「生涯学習社会」の形成への社会貢献が求められているのでしょうか。
周知のように、わが国は本格的な高齢社会を迎え、団塊の世代などのシニア世代が定年退職後、住み慣れた地域でいつまでも健康で文化的な生活を営み、かつ積極的に社会参加し、より充実した老後を過ごすため、このようなニーズに応えた場を大学に理解してもらい、「生涯学習社会」の形成に協力してほしいと思うからです。
生涯学習は1965年、パリで開催されたユネスコ(UNESCO)で、ポール・ラングラン(Paul Lengrand)が初めて提起した概念で、政治や経済、文化などすべての面で生涯教育の必要性を提唱したことに由来しています。
わが国はこれに先立つ1949年、社会教育法を制定し、「実際生活に即する文化的教養」の向上をめざすとともに、社会福祉の増進に寄与するため、社会教育施設として各地に公民館が整備されるようになりました。
しかし、生涯学習としてその具体的な施策が取り組まれるようになったのは、文部省(現文部科学省)が1971年、社会教育審議会から答申のあった「急激な社会構造の変化に対処する社会教育のあり方」のなかで、従来のあらゆる教育について生涯教育の観点から再検討の必要性が明らかにされてからです。その後、1981年の中央教育審議会の答申の「生涯教育について」、および1985~87年の臨時教育審議会の答申を受け、国民一人ひとりが生涯にわたって自己の人生を大事にし、その向上に努められるよう、条件整備された「生涯学習社会」の形成をめざすことになったのです。
その結果、国や自治体によって各地に公民館をはじめ、地域住民が自主的に運営するコミュニティセンターや図書館などが整備され、公共施設における生涯学習が本格的に取り組まれるようになりました。
また、国庫補助として1977年、「学童・生徒のボランティア活動普及事業」に着手し、1990年代、ようやく福祉教育が学習指導要領に位置づけられ、地域福祉の推進の一環として福祉教育が展開されることになりました。もっとも、都道府県や市町村の教育委員会、さらにはそれぞれの学校や教員の対応によってその実践はまちまちで、周知徹底されているとはいえないのが実態のようです。
一方、福祉との関係では、厚生省(現厚生労働省)は1987年に社会福祉士及び介護福祉士法、1997年には精神保健福祉士法をそれぞれ制定し、社会福祉士や介護福祉士、精神保健福祉士を養成する専門教育に取り組み始め、今日に至っています。しかし、教育と福祉の統合はいまだに実現されていないため、生涯学習や社会福祉専門職の国家資格を取得し、老後の生きがいの促進や社会参加、地域福祉に意欲を持つシニア世代のニーズに十分応えるまでにはなっていません。
これに対し、たとえばアメリカでは1960年代、民間団体によって貧困者の社会福祉に関わる権利の保障をめざす社会教育が実践されました。それも社会福祉の視点を盛り込んだ福祉教育として、です。また、大学は少なくとも100以上前から「コミュニティカレッジ」として地域社会に開放されているため、シニア世代など地域住民が教室や図書館で学生と机を並べて学んでいるほか、学生のサークル活動も地域社会に溶け込んで行われているため、ごく自然に世代間交流が図られています。
その点、わが国は明治維新に伴う近代国家の建設のため、中央の官僚や経済界の重鎮を養成するため、国立大学に特化した高等教育に撤したため、“官尊民卑”の「負の遺産」は今なお……の感があります。
望まれる大学の「生涯学習社会」形成への貢献
しかし、このようなわが国の国・公立大学はもとより、大規模の私立大学も毎年、巨額の助成金を国から受けているため、地域社会における生涯学習の拠点の一つとしてキャンパスを開放し、その豊富な知的財産を地域社会に提供し、若い学生とシニア世代など地域住民との世代間交流によって「生涯学習社会」の形成のため、社会貢献に努めてほしいものです。
また、メディアもこのような大学の取り組みを広く国民に知らせ、国民の学習権の保障に一層の理解を深め、協力してほしいものです。もとより、その指導監督機関、あるいは推進機関である国や自治体も今後、さまざまな形でシニア世代に対する老後の生きがいの促進や社会参加、生涯学習の場の提供や地域の情報の周知徹底に努めてはいかがでしょうか。
より充実した生涯学習に期待するシニア世代(都内にて)
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