精神疾患のある本人もその家族も生きやすい社会をつくるために 第35回:ネット番組の特集に出演して考えたこと①

2026/08/27

 みなさん、こんにちは。2001年生まれの大学生で、精神疾患の親をもつ子ども・若者支援を行うNPO法人CoCoTELIの代表をしている平井登威(ひらい・とおい)です。

 

 「精神疾患の親をもつ子ども」をテーマに連載を担当させていただいています。この連載では、n=1である僕自身の経験から、社会の課題としての精神疾患の親をもつ子ども・若者を取り巻く困難、当事者の声や支援の現状、そしてこれからの課題についてお話ししていきます。

 

 第13回から、CoCoTELIの活動を通して感じている当事者の子ども・若者を取り巻く課題感とそれぞれができることについて、あくまでも現場で活動する一人の実践者としての視点で書いています。

 

 今回と次回は、先日出演させていただいたABEMA Prime(アベプラ)の「精神疾患のある親をもつ子ども」の回で話したこと、そして放送後に考えたことを、あくまでも現場で活動する一人の実践者としての視点で書いていきたいと思います。

 

著者

平井登威(ひらい・とおい)

2001年静岡県浜松市生まれ。幼稚園の年長時に父親がうつ病になり、虐待や情緒的ケアを経験。その経験から、精神疾患の親をもつ子ども・若者のサポートを行う学生団体CoCoTELI(ココテリ)を、仲間とともに2020年に立ち上げた。2023年5月、より本格的な活動を進めるため、NPO法人化。現在は代表を務めている。2024年、Forbes JAPANが選ぶ「世界を変える30歳未満」30人に選ばれる。

 

NPO法人CoCoTELI

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全国に届く場で、何を話すか

 8月17日に出演した 同番組 では、精神疾患の親をもつ子ども・若者の支援を研究をされている佛教大学の田野中恭子先生とご一緒させていただきました。田野中先生は中央法規出版から『子どもの語りからわかる 精神疾患のある親をもつ子どもの支援』を出されている、このテーマの専門家です。

 

 出演が決まってから一番考えていたのは、内容よりも「どう話すか」でした。

 

 このテーマは、話し方ひとつで意味が変わってしまうものだと思っています。「親が悪い」という話になってしまったり、「精神疾患のある人は子どもをもつべきではない」といった議論に流れてしまったり。そうなってしまうと、いま現に悩んでいる子どもにも、その親御さんにも、届けたいものが何ひとつ届かなくなってしまいます。

 

 だからこそ、誰かを責めるための話ではなく、家族の誰もが孤立せずに済む社会をどうつくるかという話をしてこよう、と決めて臨みました。


番組で話したこと

 僕自身のことについては、幼稚園の年長のときに父がうつになり、そこから親の気持ちの調子に応じて日々の生活が変わっていく、予測不能な生活が続いていたという話をしました。

 

 このテーマで話をするとき、大きな出来事を想像されることが多いのですが、僕がしんどさとして挙げたのは、何を考えるにしても、何を決めるにしても、まず父の調子を考えてから決めていく、という日常のほうでした。1個1個は小さいことですが、それが積み重なっていくことにしんどさがあるのではないかなと思っています。

 

 あわせて、父の病名を知ったのは叔母か姉から聞いた記憶があるのですが、「お父さんはこういう病気だから、許してあげて」というくらいで、それがどういう病気なのかという具体的な説明はなかったという話もしました。

 

 田野中先生は、これまで当事者の方にインタビューを続けてこられた中で、お子さんの9割は誰からも説明を受けなかったと話されていました。

 

 説明を受けていないと、子どもは何が起きているかわからない。だから落ち込んでいたり、気持ちが昂ったときに、自分のせいなのではないか、と自分に責任を背負ってしまう。あるいは、親が元気に過ごすように自分はどう振る舞えばよいか、というほうに思考が向かってしまう。番組で聞きながら、CoCoTELIで出会う子ども・若者の語りとそのまま重なるなと思っていました。


放送後に見えたもの

 放送後、コメント欄にはたくさんの反応が寄せられました。関心をもってくださった方が多くいたことは、それ自体がとてもありがたいことだと思っています。

 

 一方で、「親が悪い」「精神疾患のある人は子どもをもつべきではない」という方向の反応も少なくありませんでした。伝えたかった思いをなかなかうまく伝えられていなかったなと感じる部分があり、この課題を伝えていくことの難しさを改めて実感しています。

 

 この連載の中でも書いたのですが、対立構造をつくったほうが問題はわかりやすくなります。「悪い親」と「可哀想な子ども」という構図は、シンプルで理解しやすいものです。

 

 しかし、それらの方向性になればなるほど、子どもも親も相談のハードルが高くなり、より社会から見えない存在となっていってしまいます。

 

 それでは、精神疾患のある本人もその家族も生きやすい社会にはつながっていきませんし、精神疾患のある方が子どもを望み、産み、育てるということがしづらい社会になっていってしまうのではないかと考えています。

 

 僕たちが取り組んでいる精神疾患の親をもつ子ども・若者を取り巻く困難の背景には、親を取り巻く困難があります。

 

 親御さんがメンタルヘルス不調になった背景にもさまざまな生きづらさや社会構造の課題があることが多く、また親御さんの子育てに対する支援やサポートがまだまだ足りていない、届いていないというのも事実です。

 

 だからこそ、子ども側からの視点、親側からの視点、そして親子という視点。この3つの視点それぞれからこの課題を捉え、発信していくことの必要性を改めて感じました。

 

 今回いただいているこの連載もそうですが、僕たちの発信に関して気になることやご意見等があれば、ぜひいただけると嬉しいなと思っています。僕たちも試行錯誤をしながらやっていくので、そういったご意見一つ一つがとても参考になります。


## おわりに

 

 次回は、では対立構造に乗らずにこの課題をどう見るのか、番組で話しきれなかったことも含めて書いていきたいと思います。


関連書籍

 中央法規出版では,『精神疾患のある親をもつ子どもの支援』という書籍を発刊しました。参考にしていただければ幸いです。