精神疾患のある本人もその家族も生きやすい社会をつくるために 第34回:ピアサポーターとの対談で見えたこと【後編】
2026/07/29
みなさん、こんにちは。2001年生まれの大学生で、精神疾患の親をもつ子ども・若者支援を行うNPO法人CoCoTELIの代表をしている平井登威(ひらい・とおい)です。
「精神疾患の親をもつ子ども」をテーマに連載を担当させていただいています。この連載では、n=1である僕自身の経験から、社会の課題としての精神疾患の親をもつ子ども・若者を取り巻く困難、当事者の声や支援の現状、そしてこれからの課題についてお話ししていきます。
第13回から、CoCoTELIの活動を通して感じている当事者の子ども・若者を取り巻く課題感とそれぞれができることについて、あくまでも現場で活動する一人の実践者としての視点で書いています。今回は、精神疾患のある親をもつ子ども・若者の支援に取り組むピアサポーターの方々との対談を行ったので、前編に引き続き、その内容の一部と、対談を通して見えてきたことなどを中心に書いていきたいと思います。
著者

平井登威(ひらい・とおい)
2001年静岡県浜松市生まれ。幼稚園の年長時に父親がうつ病になり、虐待や情緒的ケアを経験。その経験から、精神疾患の親をもつ子ども・若者のサポートを行う学生団体CoCoTELI(ココテリ)を、仲間とともに2020年に立ち上げた。2023年5月、より本格的な活動を進めるため、NPO法人化。現在は代表を務めている。2024年、Forbes JAPANが選ぶ「世界を変える30歳未満」30人に選ばれる。
ピアサポーターとの対談
これまで、NPO法人CoCoTELIの活動について適宜触れていますが、CoCoTELIは、精神疾患の親をもつ子ども・若者の支援に取り組んでいます。そんな活動の中で活躍するピアサポーター(自身も精神疾患のある親のもとで育った当事者)の4人にオンライン上で集まってもらい、全6回にわたる対談を行いました。
集まってくれたのは、けいたさん、リク推しさん、ゆりかさん、くらげさん(いずれも仮名・20代)。
前回と今回の2回に分けて、その対談から見えてきたものをお伝えしたいと思います。今回の後編では、彼ら・彼女らが「なぜ相談できなかったのか」、そして「何が支えになったのか」をお伝えします。
なぜ相談できなかったのか
「誰かに家族のことを話したことはありましたか?」
この問いへの4人の答えは、「ほとんど話さなかった」でした。
「話したところで親の病気が治るわけじゃないし、それが日常だったから、困るという感覚もなかった」(ゆりかさん)
「相談したところで、何が変わるんだろうという気持ちはあった。無力感みたいな」(リク推しさん)
話してくれたのは、長い時間をかけて積み上がった諦めにも近い感情でした。
「精神疾患の人の子どもって見られるのが怖かった。友達が精神疾患についてバカにするような発言をした瞬間、もう人には話せないと感じた」
子どもたちは、周囲の大人や友達が精神疾患をどう語るかを日常の中でよく見ています。「一言で、相談相手ではなくなる」とゆりかさんは言いました。くらげさんが語ったのは、また別の恐れです。
「別に、かわいそうじゃない。自分は普通なのに、過度に心配されても困る」
「かわいそうな子」として扱われ、クラス全体の見る目が変わってしまうことへの抵抗感もありました。
「そもそも、支援者が誰なのかわからない。どこに聞けばいいのかすら、わからなかった」
このような声もありました。くらげさんは小学生のとき、一度だけ学校の「心の相談室」を訪ねたそうです。でも、
「具体的にどうすればいいか、答えがほしかった。でも、つらいね、という共感だった。意味がないと思ってしまって、それ以来話すのをやめた」
ということでした。
一方で、話せた経験もあります。リク推しさんは高校・大学の頃、友人に家族のことを話せたそうです。「親が高学歴で羨ましい」と言われ、「いや、うちはこうこうだから全然羨ましくないよ」と、日常会話の中で自然に。支援者に相談するのとは違う、こうした何気ない経路もあるのだと気づかされました。
心の支えになったもの
「何が支えになっていましたか?」と問うと、リク推しさんはこう話します。
「幼い頃は、仮面ライダーとか戦隊ものが心の支えでした。見ている間は現実から離れられる。活力のチャージみたいな感じでした」
中高生になると、部活やゲーム、娯楽に見えるものなどが、現実からの「逃げ込める場所」でした。ゆりかさんにとっては絵や委員会活動、部活。「修学旅行のしおりを任されるなど、先生から認めてもらえる経験になっていた」。家庭では得られない「等身大の自分を評価してもらえる場所」が、学校にはあったのかもしれません。
そして4人が口をそろえたのが、「たった1人でも、わかってくれる人がいるかどうか」でした。くらげさんは大学時代、理解のある研究室の教授に出会います。
「自分の生活圏の中に、自分のことを知っている人が1人いるだけで、全然違いました」
解決したわけでも、助言をもらったわけでもない。ただ、知っていてくれる。それだけで孤独感がまったく違います。けいたさんも「誰か1人でも知っていてくれるだけで、全然違う」と語りました。
社会に届けたい声
対談の最終回、4人はそれぞれ、社会へのメッセージを託してくれました。
「外から見て、ちょっと普通じゃないなと思う子がいたら、家庭環境に何かあるんじゃないかと察してほしい。そして、声をかけにきてほしい。声をかけてくれないと、自分が問題のある状況にいるという自覚すらもてなかった」(リク推しさん)
ただし、と彼は続けます。
「かわいそうな子として扱うのではなく、『何かおうちのことで困ってることない?』というふうに、普通に話しかけてほしい」
気にかけることと、かわいそうという扱いは、違うのです。
ゆりかさんが話してくれたのは、偏見のなさを「言動で示す」ことの大切さでした。
「相談したいと思ったとき、相手が精神疾患に対して偏見をもっているかどうかが、すごく重要だった。偏見がないんだよ、というアピールがあったらよかった」
特別なことをしてほしいわけではなく、精神疾患の話題が出たときに、偏った言葉を使わない。それだけで、「この人には話せるかもしれない」という感覚が育つのだと言います。
大人が日常的にどんな言葉を使っているかを、子どもはよく見ています。だからこそ、子ども・若者が「話してもよいかな」と思える存在になるには、日々の言動が大切なのだと思います。
くらげさんは、外から見てもわからない子どもが多いことを指摘しました。
「明るくて楽しそうに見えるけど、実はしんどいという子も多いと思う。見抜くのはすごく難しい」
だからこそ、
「その人自身を見てくれる大人であれば、安心して話せる」
のです。
精神疾患の親をもつ子どもとしてではなく、話を聞いた後も変わらず「その人自身」として向き合ってくれる。そう感じられたとき、初めて言葉が出てくるのだと教えてくれました。
対談を終えて感じたこと
6回にわたる対談を通して、改めて感じたことがあります。
それは、支援の入口は、制度や窓口の手前にあるということも多くあるということです。子どもの日常のなかに、「この人には話せる」と感じられる大人が1人でもいること。そして、僕たち大人が精神疾患について日頃どんな言葉を使っているか。その一つひとつが、子どもの心のドアを閉ざしもし、開きもするのだと思います。
彼ら・彼女らは、「かわいそうな子ども時代だった」と語りたかったわけではありません。
あの頃の経験が今の自分をつくっていること、そして同じような状況にいる誰かに届いてほしいということを、言葉にしてくれました。CoCoTELI はこれからも、精神疾患の親をもつ子ども・若者とその親への支援を広げながら、当事者の声を社会に届け続けていきたいと思います。
対談の後半3回は、以下から読むことができます。当事者本人の言葉に、ぜひ触れてみてください。
▶ 第4回「家族のことは簡単に話せなかった。相談できなかった理由」
関連書籍
中央法規出版では,『精神疾患のある親をもつ子どもの支援』という書籍を発刊しました。参考にしていただければ幸いです。
