道なき道をゆく! オルタナコンサルがめざす 強度行動障害の標準的支援 第14回 標準的支援の実装は難しい① ――現場に潜む歪み

2025/09/03

この記事を監修した人

竹矢 恒(たけや・わたる)

一般社団法人あんぷ 代表 社会福祉法人で長年、障害のある方(主に自閉スペクトラム症)の支援に従事。厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修」のプログラム作成にも携わる。2024年3月に一般社団法人あんぷを設立し、支援に困っている事業所へのコンサルテーションや、強度行動障害・虐待防止などの研修を主な活動領域とする。強度行動障害のある人々を取り巻く業界に、新たな価値や仕事を創出するべく、新しい道を切り拓いている。


 前回の連載では、研修制度が整った一方で、学んだ知識や技術がなかなか現場に定着していない現状についてふれました。最近は、加算の拡充や法制度の整備が進み、「強度行動障害」界隈は加算バブルのような盛り上がりを見せています。研修制度も整い、支援の標準化や人材育成が進んでいる。そんな期待感が広がっているのは、まぎれもない事実です。

 

 その一方で、私がかかわっている事業所のなかには、この状況を「チャンス!」と前向きに受け止めているところもあれば、逆に「ピンチ……」と感じているところもあります。本来は制度上の追い風であるはずなのに、その追い風が現場にとっては逆風となり、かえって一歩を踏み出すのを難しくしている――そんな場面を目にすることが多い気がします。

 

 今回の連載では、現場が直面している「チャンス」と「ピンチ」が入り混じるカオスに光を当て、支援がなかなか根づかない背景にある構造的な課題を一緒に整理してみたいと思います。


人手は増えたけど人手不足

 加算の要件が整備され、人員を厚く配置する仕組みは整ってきました。制度上は、支援に十分な厚みを持たせられる状況になったといえます。

 

 しかし、現場で働くみなさんは本当にそれを実感できているでしょうか? 
 依然として「人手不足」という声はよく聞こえてきます。

 

 福祉の現場には、本当にさまざまな背景やニーズを持った利用者が暮らしています。入所施設などでは高齢化が進み、医療的な支援が欠かせないケースも少なくありません。強度行動障害だけが課題ではなく、むしろ現場には同時に取り組まなければならない重要な課題がいくつも存在します。

 

 そうした複雑な状況のなかで、現場の職員は常に人員や時間のやりくりに追われています。

 

 例えば、通院への付き添い。多くの職員が割かれてしまうばかりか、病院に入院する利用者が増えて収入は減る一方で、仕事の量は増えていく。そんな矛盾に直面することも少なくありません。

 

 人員配置基準は満たしているはずなのに、なぜか現場には余裕がない――この感覚は、今、福祉施設に勤める多くの職員にとって共通の実感なのではないでしょうか。支援に全力を注ぎながらも、どこかで孤立感や無力感を抱えてしまう。それは決して努力不足などではなく、むしろ「制度や組織の枠組みが追い付いていない」という現実を際立たせているのだと思います。

 

 そして、苦しい現実が支援のあり方にも直接的に影響を及ぼしていることもあります。

 

 強度行動障害の状態にある方への支援が、個別対応だけではなく、時にドライブなどの集団的な取り組みに頼らざるを得ない場面も出てきます。こうしたプログラムは現場を支えている一方で、本来の「一人ひとりに合わせた支援」との間でジレンマを抱えている職員も多いと思います。

 

 さらに別の側面では、他害や自傷といった、さらに激しい行動への対応が「できる人」に偏りやすく、特定の職員に過度な負担が集中するという「属人化」の問題は、現場が抱える構造的な課題を投影しています。

 

 つまり、現場では「集団化」と「属人化」という二つの矛盾が同時に進行しており、その狭間で多くの職員が葛藤を抱えながら日々の支援に向き合っているのだと思うのです。


支援が統一できない理由

 研修などをしていると、ついつい「統一した支援が大切です!」とか言いまくってしまいます。ですが、頭の中で実際の現場を思い浮かべると、それがどれほど難しいことかも理解していることに気づきます。みなさんも同じように、「わかってはいるけれど、実際には支援が揃わない」、そんなもどかしさを感じた経験があるのではないでしょうか。

 

 そうであるにもかかわらず、「統一した支援」という言葉だけが、強度行動障害支援の合言葉のように広がっているのを実感します。私自身も、その合言葉を使いながら、現場のリアルとどこかズレている感覚に、罪の意識すら感じることがあります。

 

 もちろん、すべての現場がそうだとは限りません。良好なチームワークや管理職の理解があり、職員同士でうまく連携し、統一した支援を実現できている事業所もたくさんあります。

 

 ただ、一方で、そうした環境を整えることが難しい事業所があるのもまた現実です。そしてそこには、現場の職員がどれだけ努力しても、誰かのがんばりだけでは解決しきれない構造的な歪みが生じています。


構造的な歪み――みなさんの現場はどうですか?

【現場あるある①】

 例えば、人手不足の現場では、経験の浅い若手の常勤職員1名に対して、ベテランのパート職員が数名というチーム体制をとることがよくあります。

 

 こうした場面でよく起きるのが、支援の方向性のすり合わせがうまくいかないことです。常勤職員は「統一した支援をしよう」と意識していても、ベテランのパート職員のなかには「これまでのやり方で慣れているから」と独自のスタイルで動く人もいて、結果としてバラバラな対応になってしまう。

 

 また、常勤職員が若手で経験も浅い場合、ベテランのパート職員に遠慮して意見を言えず、自分で抱え込んでしまうこともあります。通院の付き添いや送迎などの雑務が重なり、結局「気づいたら自分ばかりが現場に入っている」という状況に。そうなると疲労やストレスが蓄積していきます。

 

 最悪の場合、その常勤職員が「もう続けられない」と退職してしまい、チーム全体のバランスが崩れてしまうことさえあります。現場では珍しいことではなく、みなさんもどこかで似たような状況を見聞きしたことがあるのではないでしょうか。


【現場あるある②】

 また、管理職のマネジメントがうまく機能しないことで、職員全体のモチベーションが下がってしまうケースもあるように思います。

 

 例えば、こんなことはありませんか?

 

 会議で「現場が忙しいので工夫が必要だ」と伝えても、「それは現場でうまくやって」と突き返されてしまう。あるいは、新しいアイデアを提案しても、「リスクがあるからやめておこう」と却下され、せっかくの工夫が形にならない。頑張っても評価されないままでは、「結局どうせ報われない」と感じてしまいます。

 

 一方で、現場の苦労を理解してくれる管理職がいて、ちょっとした取り組みを「いいね!」と声に出してくれるだけで、チームの雰囲気が変わることもあります。つまりマネジメントのあり方次第で、現場の空気は大きく左右されるのです。

 

 もちろん、すべての現場がそうではありません。ただ、こうしたエピソードは私自身も経験したことがありますし、みなさんのなかにも「うちの現場もそうかも」「あるある」と思い当たる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 結局のところ、現場の「行き違い」と「ばらつき」は、個々の職員の努力不足などではなく、制度や組織の枠組みそのものに由来する構造的な歪みが大きいのだと考えます。

 

 だからこそ、一人ひとりが孤軍奮闘するのではなく、チームや組織の仕組みをどう整えるかという視点が欠かせません。


 次回は、そうした現場の状況をどう整理し、改善策を見出していくのか。その出発点となる「現場そのもののアセスメント」から話を広げてみたいと思います。