【vol.31】お母さんと私② お母さんが問題だ | 私はミューズとゼウスのケアラーです
2026/07/23
韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学
激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
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そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』『こんなに泣いて疲れたでしょう』『東京因縁』)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア三部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。
「問題は母だ」と思っていた。
映画『シェイプ・オブ・ウォーター』を見るまでは。
子供たちは成長し、もう言われなくても自分のことをすんなりこなすようになった。なのに、年老いた母が今、家庭内のバランスを崩しているのだと思っていた。『シェイプ・オブ・ウォーター』を見るまでは。
私は今になって、ようやくわかった。
母は毎日のように死を恐れ、失われつつある記憶力に怯えながら、自分一人では生活できなくなる瞬間が来ることを予感しながら震えていたのだ。言葉では表現できない感情、一度も経験したことのない無力感が押し寄せてくるのに、どうすることもできずもがいていることを、私は知らなかった。
私でさえ、更年期に伴うさまざまな身体の変化に声を上げることすらできず、精神的に追い込まれていた。私もこのような身体の変化になかなか慣れることができなかったからだ。
恐怖。
恐怖に近い老化を、私たちはどうやって乗り越えることができるだろうか? 母と私はほとんど同じ悩みを、それぞれの部屋で一人で解決しなければならないのだろうか? それしか方法がないのだろうか?
『シェイプ・オブ・ウォーター』を見るまでは、私はそんな問題意識すらなかった。これこそが映画の力と言えるだろう。
映画の主人公の叫びが数日間つきまとう。何もしなければ人間ではないという台詞。彼女は愛する相手のために卵を茹で、共に聴く音楽を選び、ついに死から救い出す。そして幸せになる。
そんな映画的な結末を愛し、憧れている私が、現実では何もしていないという自覚。
ケアラーとして毎日死について考えている私が、母の時間が減っていることを認めようとせず、むしろ怒っていた。なぜ痛むのか、なぜ以前と同じではないのか、と。
私は永遠に母の娘として生きようとしていた。自分の痛いところをあちこち指さしながら、母に「わかってほしい」と求め続けていた。
考えなければならない。どうすれば母と新しい関係を築けるのか。
考えてみれば、答えは簡単だ。『シェイプ・オブ・ウォーター』のイライザのように、できることは何でもやらなければならない。 私は勇気を出さなければならない。
翻訳原稿の締め切りを守ろうと徹夜し、スケジュールを調整し、わからない単語が出てきたらあちこち探してやっと見つけ出す。そのくらいの必死さで、母の声に耳を傾けなければならない。愛の表現を隠したり、恥じたりしてはいけない。
「お母さん、私がそばにいるよ。大声を出してごめんなさい。私もお母さんと同じように怖かっただけです。母に良い姿を見せたかったのに、その約束を守る前に別れを告げられるのではないかと怖いです。サランハムニダ。
代わりに病気になることはできませんが、少しでもお母さんが安心して、様々な思いから解放されるよう、そばにいます。どうか私の手を離さないでください」
著者紹介
イ・ウンジュ 이은주

1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、
