現場の「迷い」を断ち切る!障害福祉サービス支給決定・実務の「急所」 第8回連載 介護保険との適用関係~介護保険優先の原則を考えてみる~
2026/07/02
著者
小川 幹夫(おがわ みきお)
自治体職員。都内自治体にて、10年にわたり障害福祉サービスの支給決定・支給量算定実務に従事。現場での豊富な経験に基づき、制度の「建前」と運用の「実態」をひも解く視点を持つ。司法書士有資格者として、行政法および障害福祉制度の高度な法的思考(リーガルマインド)に基づいた実務解説を得意とする。東京都身体障害者福祉司会元会長。
今回と次回の2回にわたり、介護保険との適用関係について述べていきます。
この問題は、現場での判断の難しさが最も表れやすい領域の一つです。
障害福祉サービスと介護保険という二つの制度が交錯する以上、判断が複雑になるのは当然と言えるでしょう。
障害福祉サービスの現場では、申請者、市区町村(支給決定機関)、相談支援専門員、サービス提供事業所など、複数の主体が関与します。
さらに利用者が介護保険の対象年齢である65歳に差しかかると、ケアマネジャーや地域包括支援センター、介護保険担当課といった高齢部門の関係者も加わります。
関係者が増えるほど、「どの制度でどこまで支援するのか」という判断は難しくなります。
私も実務に携わっていた当時、多くのケアマネジャーの方々と窓口でこの問題を巡って議論を重ねてきました。
ここで重要なのは、各支援者が自らの役割を理解し、両制度の趣旨や限界について共通理解を持つことだと思われます。
事務処理要領における「介護保険優先」の考え方
事務処理要領 における「介護保険優先」の考え方を整理すると、次のようになります。
介護保険給付と障害福祉サービスとの関係については、給付調整規定に基づき、原則として介護保険サービスが優先されます。
したがって、市区町村は、介護保険の被保険者である障害者から障害福祉サービスの申請があった場合、まずは当該サービスに相当する介護保険サービスにより必要な支援を受けることが可能かどうかを個別に判断する必要があります。
その際には、単に制度上利用可能であるかどうかだけでなく、支給限度額の範囲内で必要な支援量が確保できるか、利用可能な事業所が存在するかなど、実際に支援が提供できるかどうかを総合的に確認することが求められます。
一方で、介護保険サービスでは必要な支援量が確保できない場合や、そもそも介護保険に相当するサービスが存在しない場合には、障害福祉サービスの支給が可能となります。
したがって、「介護保険優先」とは機械的に適用する原則ではなく、個々の障害特性や生活状況、地域の支援体制等を踏まえ、“実質的に必要な支援が確保できるか”という観点から柔軟に判断することが求められています。
介護保険優先の根底にある「補完性の原則」
そもそも、なぜ介護保険が優先されるのでしょうか。
その根底には共助が公助に先立つという考え方があります。
介護保険法
第4条第2項では、「国民は、共同連帯の理念に基づき、介護保険事業に要する費用を公平に負担する」と規定されており、この制度が共助の理念に基づいて設計されていることが示されています。
保険料を拠出し合い、必要なときに給付を受けるという仕組みは、社会全体で支え合う共助の制度そのものと言えるでしょう。
公的サービスの提供においては、「補完性の原則」という考え方が妥当します。
これは、個人や家族による自助を基本とし、それで対応が困難な場合に社会保険などの共助が機能し、それでもなお対応が困難な場合に公費による公助が補完的に位置づけられるというものです。
このように整理すると、共助である介護保険が、公助である障害福祉サービスに優先して適用されるという構造は、制度の理念から導かれる帰結と理解することができます。
したがって、支給決定機関は、介護保険の被保険者に対して、まずは介護保険による支援について説明することが求められます。

障害福祉サービスの横出しと上乗せ
介護保険に代替できないサービスは、障害福祉サービスとして給付されます。
これには大きく分けて「横出し」と「上乗せ」の2つのパターンがあります。
横出し(介護保険に相当するサービスがない場合)
「横出し」の対象となる主なものとしては、行動援護、同行援護、自立訓練(生活訓練)、各種就労支援などがあります。
これらは介護保険に対応するサービスがないため、原則として障害福祉サービスとして支給決定の対象となります。このため、65歳を超えても、一部就労系のサービスを除き、利用が可能となっています。
上乗せ(介護保険の枠内では生活上の必要量を満たせない場合)
一方で、介護保険で一定程度対応可能であっても、生活上の必要量を充足できない場合には、「上乗せ」として不足分を障害福祉サービスで補完することが可能です。例えば、訪問介護の支給限度額だけでは不足する部分を居宅介護や重度訪問介護で補うケースが挙げられます。
重要なのは、介護保険の優先を形式的に当てはめるのではなく、利用者の生活全体を支えるのに十分かどうかを見極める姿勢です。
利用者の心身の状況、生活環境、支援の必要性の度合い、利用可能な地域資源などを総合的に勘案し、障害福祉サービスの適用が必要かどうかを実質的に考える姿勢が求められます。
高齢期を迎える障害者への支援
障害福祉サービスを受給している利用者が65歳という高齢期に差し掛かるにあたって、支給決定事務担当者は介護保険制度への移行について丁寧に説明していく必要があります。
なぜなら、年齢到達に伴って移行することが制度上求められるとしても、利用者や家族にとっては生活の仕組みが大きく変わる局面となるためです。
特に、長年にわたり障害福祉サービスを利用してきた人にとっては、「制度が変わる」という事実そのものが不安の要因となります。
「これまで当たり前のように受けてきた支援が今後も同じように受けられるのか」、「生活は維持できるのか」という疑問や不安が生じるのは自然なことです。
現実問題として、介護保険に切り替わることにより、費用負担の問題や、これまで認められてきた柔軟なサービス内容が維持できなくなることが懸念されます。
さらに、これまで利用していた事業所が介護保険に対応していない場合は、新たな事業所を探さなければならないこともあります。
このような変化は、単なる制度上の変更にとどまらず、生活環境や人間関係の再構築を伴う場合もあり、利用者にとって大きな負担となり得ます。
こうした状況への対応として、新高額障害福祉サービスの利用や共生型サービス提供事業所との契約などが考えられますが、これらを活用してもなお十分な対応が難しい場合があることにも留意する必要があります。
また、支援量の評価方法が変わることによって、これまでと同じ生活状況であっても、結果として利用できるサービス量が減少する可能性があります。
このような変化が制度の違いによりあらわれる結果だとしても、利用者にとっては生活の質に直結する重大な問題となり得ます。
事実上、支援量の減少によって生活の維持が困難となる恐れがある場合には、いわゆる「激変緩和」の観点から、障害福祉サービスの継続利用も視野に入れる等柔軟な対応が求められます。
高齢期を迎えつつある利用者の支援にあたって
支給決定事務担当者や相談支援専門員を含めた支援者は、高齢期を迎えつつある利用者にとってできるだけ不利益が少なくなる方法を、模索していかなければなりません。
その際には、単に介護保険優先の原則に従うだけでなく、現在の生活がどのような支援によって成り立っているのかを丁寧に紐解き、介護保険への移行後も生活が継続できるかどうかを具体的に検討することが求められます。
そして、この検討は65歳到達直前に慌てて行うものではなく、一定の期間をかけて段階的に進めていくことが望まれます。
早い段階から制度移行の見通しを共有し、必要に応じて関係機関と連携しながら準備を進めていくことが、結果として利用者の不安を軽減し、生活の安定につながります。
高齢期を迎えつつある利用者に対して、各支援者は介護保険優先の原則を意識しながら、時間をかけて丁寧かつ適切な対応を行っていく必要があるのです。
