【vol.28】認知症は愛で回復する | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/06/10

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


Q. 介護福祉士(ケアラー)は認知症のある人をどのようにケアするのでしょうか?介護職員とは何が違うのでしょうか。

介護福祉士(ケアラー)と介護職員の業務を混同する人がよくいます。介護福祉士は国家資格を取得しなければならないのに対し、介護の仕事そのものは資格がなくても従事できます。しかし、両者の違いは資格の有無だけではなく、利用者に対する責任の重さにもあると思います。

介護福祉士が担うのは、利用者の健康や安全、心理状態を含めた生活全体を、責任を持ってケアすることです。介護施設で働くスタッフの朝は、窓を開けて換気をしながら、利用者一人ひとりの夜間の様子を確認することから始まります。 おむつを替えるときも、単に交換するだけではありません。夜の間にけがをしていないか、炎症や不快なところがないかもチェックします。爪切りやシェービング、入浴の介助はもちろん、身だしなみを整えるお手伝いをすることもあります。

認知症のある人にはお話し相手となり、長期間寝たきりの方には、口腔内の清潔に特に気を配ります。また、こまめに体位を変え、褥瘡(床ずれ)を未然に防ぎます。

 

Q. 介護福祉士は認知症のある人だけをケアするわけではないとのことで、認知症のある人を介護するときと、それ以外の利用者を介護するときで違いはありますか。

答えやすいようで難しい質問です。経験上、認知症の症状がある人を介護する際には、何よりも情緒的な支えが重要だと感じています。認知症のある人が私に同じ質問を繰り返すとき、「さっきも聞きましたよ」と伝えるのではなく、初めて質問を受けたかのように反応したほうが、不安に与えずに済みます。

また、認知症は天候や時間帯などの環境要因によって、感情が左右されることが多いです。代表的なものとして、「夕暮れ症候群」が思い浮かびます。昼間は落ち着いて過ごしていても、夕方から夜にかけて不安や混乱が強くなることがあります。この際に、対応が誤ってしまうと、火の不始末や行方不明につながる危険もあります。

私はそんなとき、思いきって実務から手を離し、なるべく利用者と一緒に過ごすようにしています。手をつないで散歩をしたり、見つめ合って会話をするだけで、実際に症状が和らぐこともありました。

雨の日に「家に帰る」と言って荷物をまとめて歩き回る方がいたときには、別の階へ連れて行き、気を紛らわせるのも一つの方法です。

 

Q. 認知症のある人と接する際に、「これだけは守ろう」と思うことはありますか?

初めて介護福祉士の実習に行ったときのことをお話ししたいと思います。私は、車椅子に乗って施設内を絶えず移動し、物を倒してしまうお年寄りを見て、その行動を止めようとしました。車椅子にロックをして、その方が動けないようにしていたのです。

そのとき先輩のケアラーがこう言いました。「動けないようにすることも虐待にあたるんだよ。自由に動けるようにして見守るのが私たちの仕事だ」

その言葉は今でも鮮明に記憶に残っています。

この話をした理由は、私たちが一般的に「正しい」と判断したことを認知症のある人に強要することも一種の虐待になり得ることを知ってほしいからです。危険だからといって、“徘徊”する人を押さえたり縛り付けたりしないでほしいと思います。もちろん、介護職員一人で数人の食事介助をする際、やむを得ず車いすから立ち上がれないようにすることもありますが、それはあくまで一時的にのみ用いるべき方法です。

また、家族介護者には、同じ質問を千回聞かれても千回答えられる精神的な準備が必要です。同時に、周囲に認知症の家族がいることを知らせることも必要です。簡単なことではないでしょうが、認知症の家族を介護する人は、一人で抱え込まないことが大切です。日常生活への影響を少しでも軽減するためにも、日中の見守りや介護を行うデイサービスを利用したり、自治体の窓口や地域包括支援センターに相談したりして、福祉の専門職による適切な支援を受けることを優先してほしいと思います。

 

Q. これまで認知症のある人を介護をしてきたなかで、最も印象に残っているエピソードがあれば教えてください。

私はお年寄りを「ミューズ」と「ゼウス」と呼んでいます。人生という戦場に全力を尽くして生き抜いてきた人々は、ギリシャ神話に登場する神々と同じだと考えているからです。これまで数多くの「ミューズ」と「ゼウス」を見てきました。そのなかで、ケアラーになって初めて最期を見守った方がすぐに思い浮かびます。

当時、私はこんなメモを書き残していました。

「ミューズ98のルームメイトは、今は天国へ旅立ったジュリエット・ビノシュ・ミューズ。彼女がソファで昼寝をしていると、私は膝掛けをかけてあげた。 彼女の眠る姿を写真に収め、皆が眠りについた夜にスケッチをすることもあった。ふんわりとした白髪、広い額、青白い頬、薄い唇、整った顎。 彼女の生涯がどうだったのか私は知らない。ただ、認知症の症状で夜になると歩き回り、冷蔵庫から食べ物を取り出して食べる、食欲旺盛な今のミューズを知っているだけだった」

彼女が天国へ旅立ったことに、最初に気づいたのが私で本当に良かった。息を引き取る前日、彼女は私にこう言った。「ありがとう」と。 何に対しての感謝なのか、尋ねることも、答えることもできない彼女。

彼女の目を閉じさせながら「心配しないでください。 子供の心配もお金の心配もせず、どう生きるべきかも心配しないでください。ゆっくり休んでください」とささやいた。

 

Q. 最近、「認知症の国家責任制度」(ムン・ゼイン大統領は大統領選挙の公約として当該制度を発表し、2017年6月に本格的な推進を宣言した後、同年下半期から関連事業を全面的に施行した)が本格的に施行され、認知症を国家レベルで支える制度づくりが進んでいます。認知症のある人の生活の質を向上させるために、こうした制度は今後どのような方向を目指すべきだと思いますか。

国レベルで療養病院(介護施設)を増設し、管理・監督を行う「認知症の国家責任制度」には、多くのメリットがあります。ししかし、認知症のある高齢者の暮らしを本当に支えるためには、施設を増やすだけでは十分ではないと思います。私が提案したいのは、育児休業のように子供が親の介護のために申請できる介護休業制度を、より柔軟で使いやすいものにすることです。最長1年の期限で6ヶ月ずつ、2回まで延長可能とし、子供・婿・嫁に限り申請できるようにすれば、家族全員が幅広く介護に参加できると思います。

また、子どもが親を在宅で介護する場合には、1日1食の配食サービスを利用して高齢者の栄養状態を支えることも大切です。さらに、地域単位で看護師や社会福祉士以外の人材も活用し、単に管理や見守りを行うだけでなく、家庭で認知症介護を担う家族の孤立感や喪失感に寄り添うことのできる、新たな支援職の創設も必要ではないかと考えています。

認知症になったからといって、親を無条件に介護施設に入所させるのではなく、その人らしい生活が尊重されるように、地域全体で支えるコミュニティケアを広げていくことが重要だと思います。高齢者同士が支え合う「ノノケア(老老介護)」の仕組みが広がれば、定年後の高齢者にとって新たな社会参加や生きがいの機会にもなるのではないでしょうか。


Q:ケアラーとして、家庭に認知症の人がいる方々へ伝えたいことは何ですか?

先日あるNGO団体が企画した親向け講座を聞いていた際に、ふとこんなことを思いました。子育てのために親向け講座があるのなら、親を大切に介護するための学びの場も必要なのではないかと、ということです。ケアラーとして働いていると、親を介護施設に入所させたあと、自宅に戻る子供たちが、まるで親を見捨ててしまったかのような罪悪感に苛まれ、混乱している姿を数多く目にしてきました。その姿を思い浮かべるたびに、親も子もトラウマにならない、健全な別れについて少しずつ心の準備をしておくことも重要だと感じました。もちろん、最初から簡単なことではありません。しかし、その過程もまた、親を大切に介護する方法を学んでいくことの一つだと考えてみてはどうでしょうか。

介護施設で暮らす両親を支えるご家族たちに、一つお伝えしたいことがあります。

久しぶりに介護施設に面会に訪れたものの、何をしてよいかわからず、すぐに立ち去ってしまう人が少なくありません。しかし私は、その時間こそたくさんスキンシップをとってほしいと思っています。

好きなおやつを一緒に食べ。爪を切る。髪をとかす。たまには着替えを手伝う。

そんな何気ない時間のなかで体調の変化にも気づくことができますし、ご本人も安心感や家族との絆、そして愛情を感じることができます。

 

Q.  参考になる認知症関連の書籍があれば教えてください。

認知症のある家族の介護経験を記した手記には、アルツハイマー型認知症の父を10年介護しながら書かれた盛田隆二の『父よ、ロンググッドバイ 男の介護日誌』(講談社/2016年)があります。

また、パーキンソン病と認知症を患う祖母を孫の目で見つめながら、家族が変わっていく様子を描いた近藤尚子の『あかりさん、どこへ行くの?』(江頭路子・絵/フレーベル館/2016年)も印象深い一冊です。

住環境の視点から認知症ケアを考える本としては、日本建築学会の『認知症ケア環境辞典―症状・行動への環境対応Q&A』(ワールドプランニング/2009年)があります。その他におすすめなのは、ヤン・ヨンスン『認知症、それが知りたい(原題:치매, 그것이 알고 싶다)』(2018年)、鹿子裕文『ヘロヘロ -雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(ナナロク写/2015年)、太田差惠子『70歳すぎた親をささえる72の方法』(かんき出版/2014年)、ジョン・ソンシル『生きていることも分かち合いだ(原題:살아있는 것도 나눔이다)』(2017年)などがある。



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。