【vol.27】ケアラーの転居に関する提案  | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/05/21

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


訪問介護士のコミュニティを構築し、訪問サービスの質を向上させることはできないだろうか。


 家事支援や介護に加え、孤立や疎外感を和らげる話し相手になること。さらに、介護を受ける高齢者のための「高齢者用補助具」の中古フリーマーケットを運営したり、中古品を寄付し合ったりして、分かち合えるものを分かち合う仕組みがあれば良いと思う。


 生活協同組合と連携し、日常生活に必要な食料品を共同購入につなげ、毎日新鮮な野菜や果物を食べられるようにするのはどうだろうか。


 たとえば、旬の果物をブドウなら1房、桃なら1個、スイカなら4分の1玉といった小分けで販売する。冷蔵庫の中で忘れられて腐ってしまわない程度に、1〜2食分の量を、調理せずそのまま食べられる野菜や果物を中心に購入できれば、同じ料理を飽きるまで食べ続ける必要もなくなるだろう。 実際、食に関するケアこそ、最も必要とされているサービスではないだろうか?


 また、シャンプーや漂白剤、味噌やコチュジャンといった重い生活品や調味料をまとめて届ける、シニア向けの宅配・買い物支援システムもあっても良いと思う。そうした事業を、高齢者自身が中心になって起業したら良いのではないか。


 また、浴室のシャワー修理や包丁研ぎ、ベランダの物干し設置、蚊帳の取り付け、住宅の修繕など、他人の助けがなければ日常生活を送れないような作業を、最低限の材料費だけで負担なく引き受ける事業を高齢者主体の事業を興してもよい。 そんな仕組みを、一緒に考えてみてもいいと思う。


 この考えは、認知能力の十分でない二人の息子の食事を用意している、90歳近いミューズの家を訪れたときに浮かんだ。私はベランダに椅子を置き、金物店で買った物干しロープを取り付けている最中だった。


 私がプラスチックの椅子に乗り、洗濯物を干そうと空中で必死に足掻いている間、55歳の息子はテレビをつけ、横になったままただ見物していた。母が亡くなったあと、彼はどうやって生きていくのだろう? そして、彼の兄は。


 日本やカナダでは、すでにケアラーの海外就職が進んでいる。そう考えると、韓国でも今後、ケアラーの不足が生じるだろう。特に農漁村地域では、交通や生活インフラへのアクセスが不便な場合が多い。だからこそ、ケアラーという職種の人々の移住を支援する制度を整える必要がある。


 都会の生活に疲れ、狭い部屋で暮らしながらも、わずかな金銭しか貯められないケアラーたちが、一定期間の契約を結んで地方へ移住する。


 たとえば、賃貸マンションを低価格で貸し出したり、村の空き家を無償で提供したりする。そうした代替案を、今こそ考えるべきではないだろうか。



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。