【vol.25】さあ、仕事に行きましょう(ダブルケア)  | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/04/22

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


昨晩、孫は、おもちゃ部屋の本棚の整理をして開館した小さな図書館から、バーバラ・ジョシーの『かあさん、わたしのことすき?(Mama, Do You Love Me?)』を持ってきて、それを読んでいるうちに眠ってしまった。



「ママ、僕のこと好き?」

「もちろんよ、坊や」

「どれくらい?」

「カラスが宝物を愛するよりもずっと、犬が自分の尻尾を愛するよりもずっと」



本を読み終えて、夜灯を消そうとしたとき、孫がぽつりと言った。



「さっきは言うことを聞かなくてごめんなさい」

「私もさっき叫んでごめんね。君が悪いというより、私の腰がすごく痛かったんだ」



最近、私たちは毎晩、まるで約束でもしたかのように、お互いに謝り合ってから眠りにつく。



本の重さに耐えきれず本棚が倒れたあと、徹夜で仕事をしていた疲れからか、夏風邪を引いてしまった。孫も体調を崩し、保育園を二日間休んだ。初日はなんとか子供を預けることができたが、翌日はそうはいかなかった。そこで私は、介護の仕事先である、両手不随のミューズの家に孫を連れて行った(もちろん規則違反だ。センターに知られれば叱られる)。



玄関で朝の挨拶をすると、ミューズが迎えてくれた。事情は前日にあらかじめ伝えてはいたが、職場に子供を連れてきたことが申し訳なく、私は頭を下げた。



「ごめんなさい」

「大丈夫ですよ。かわいいし、いいじゃない」



普段は口数の少ないミューズが、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。



家から持ってきたプラムとポップコーンをおやつとして出すと、丸いテーブルを囲んで、ミューズと孫が自然に向かい合って座った。とても馴染みのある光景のようだ。



昼食を用意し、私たちは持参したキンパ*をミューズのごちそうとして分け合う。家にはないテレビの前にぴったりと張りつき、昼のアニメに夢中になっている孫に、ミューズは穏やかに声をかける。



「もう少し後ろに下がりなさい」



私が洗濯機を回したり、床を拭いたり、筋力低下に悩むミューズの体を洗ったりと忙しく動き回るあいだ、孫は時折ゴホゴホと咳き込みながら、チャンネルを変えつつアニメを見続けている。

アニメに飽きてきた頃、持ってきた絵本を広げ、「変なママ」と声に出して読み始めた。

いよいよ家に帰る時間。

私は二人を世話してすっかり疲れ果ててしまったが、無事に終わったことに感謝する。



子供と一日中過ごすということ。
 

要求が次々と変わり、思い通りにならないと駄々をこねるやんちゃな子。体が痛くて、少し泣き言を言っても、それでも優しくなだめながら世話をしなければならない。そんな一日を終える頃には、私の体は煙のように消えてしまいそうだった。



夕食のメニューにフライドポテトとチキンナゲットを求める孫のために、キッチンを忙しく動き回る。おやつを狙うワンちゃんが足にぶつかり、コマ遊びをしていた孫まで台所にやってくる。次第にイライラが募った。

先日受けた児童虐待の講習で、「怒鳴ることも虐待にあたる」と教わったため、我慢に我慢を重ねたが、ついに限界が来た。



「みんな、あっちに行ってて!」



ワンちゃんと孫が部屋へ駆け込んでくれればよかったのに、そうはならなかった。フライドポテトのための油を熱した台所で、私はついに肩たたき用のゴム製マッサージ器を手に取り、孫の背中を叩いた。

すると返ってきたのは、「ああ、気持ちいい」という言葉だった。



しつこくせがむ子供に、そのままゴム製マッサージ器を手渡す。

「それなら私も叩いてちょうだい」

全力を込めて叩いてくる孫。

「痛い! それ、痛すぎるの」



復讐の笑みを浮かべ、孫は何事もなかったかのようにコマ遊びに戻っていった。



私の人生はどんどんめちゃくちゃになり、コメディへと流れていっている。


 



*キンパ:ごはんと具材を海苔で巻いた韓国の海苔巻き。



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。