看護における「倫理的もやもや」への向き合い方 第2回 事例検討 病院での身体拘束への対応①

2026/04/07

 看護の現場で「これでいいのだろうか」と倫理的ジレンマ(もやもや)を感じることはありませんか。連載『看護における「倫理的もやもや」への向き合い方』では、病院や訪問看護での倫理的課題の事例を取り上げ、解決に向けたプロセスを「悩み方」として解説します。
 第2回は、医療現場での身体拘束への対応について、事例をもとにその倫理的課題と解決に向けた思考プロセス(悩み方)を提示します。


[著者]
佐藤 晶子 (さとう・まさこ)

聖隷三方原病院看護部 専門・認定看護室 看護課長
老人看護専門看護師


看護の現場における「もやもや」

 みなさんはどのような時にもやもやを感じますか?
 私は急性期病院で臨床倫理コンサルテーションチームに所属して、倫理に関する相談窓口を担当しています。相談内容は、「意識障害があり本人による意思決定が困難な場合、治療方針をどうするか」「医療者がよいと考える治療を患者が拒否する場合」「本人は自宅退院、家族は施設入所を希望する場合」「経口摂取が難しいが本人がどうしても食べたい、家族がどうしても食べさせたいと希望する場合」「転倒を繰り返す高齢患者への身体拘束」など、さまざまです。これらは現場でよくある「もやもや(倫理的課題)」です。
 一方、日常的なケアでは、嫌がっているのに押さえつけておむつを交換する、「おーい」と呼んでいるのに無視する、ケアをしながらスタッフ同士でプライベートな話をする、「トイレに行きたい」という患者さんに「おむつにして」と言う、「もう食べたくない」と言う患者さんに「もっと食べて」と食事を口に運ぶ……などといった場面でも、「何かがおかしい」ともやもやを感じませんか?
もしかしたら、もやもやを感じてもどうすることもできない…というもやもやを感じているかもしれません。


家族の意向を尊重し、嫌がる本人に身体拘束をしながら経管栄養を継続することへのジレンマ

【患者紹介】
Aさん、80歳代、女性

【入院前の様子】
身の周りのことは自立、数カ月前から食欲不振あり、認知症診断なし、要支援2

【家族】
夫は施設入所、長男・次男と同居 

【既往歴】
高血圧

【入院の経緯】
 Aさんに呼吸困難感、発熱があり次男が救急車を要請、病院にて誤嚥性肺炎と診断され入院されました。抗生剤治療、絶食・補液、酸素投与の治療を行い、肺炎は改善しましたが、見当識障害や多弁、不眠等が出現しせん妄と診断されました。
 薬物療法によりせん妄は改善に向かいましたが、食欲不振が継続しました。その後、嚥下障害が悪化し、嚥下内視鏡検査の結果、経口摂取は困難で代替栄養法の検討が必要と判断されました。Aさん、家族と相談し、Aさんが好きな飲料にとろみをつけて、お楽しみでの経口摂取を少量継続していました。
 主治医と家族がAさんの代替栄養法について話し合いました。長男・次男ともに「母が衰弱していくのをみるのはつらい。経管栄養をやってほしい」と話されました。医師と長男・次男よりAさんに説明し同意を得て、経鼻胃管チューブを挿入しましたが、挿入後は自己抜去が続き、身体拘束(両手ミトン)が開始となりました。その後も自己抜去が続くため、両上肢拘束が追加となりました。Aさんは「これ(ミトン)を外してほしい、もうやめて」と涙ながらに訴えました。
 病棟看護師より臨床倫理コンサルテーションチームの看護師に相談がありました。


倫理カンファレンスの開催

 主治医、病棟看護師、リハビリスタッフ、臨床倫理コンサルテーションチームの医師、看護師が参加し、倫理カンファレンスを開催しました。
  第1回 で紹介した、倫理的課題の検討プロセスに沿って、解説していきます。具体的には、次の表のプロセスと方法で検討します。

 
プロセス 方法
①事例の中の情報から事実や価値を明確にする Jonsenによる臨床倫理4分割法1)を用いて情報を整理する
客観的事実と認識(考え・判断)を区別する
②課題の抽出 情報を俯瞰し、さしあたって感じている倫理的問題を話し合う
関連する倫理原則を考える、背景にある価値に気づく
③選択肢を挙げ、メリット・デメリットを検討する できるだけ多くの選択肢を検討する
④患者の最善の利益の視点から、具体的行動やケアを検討する 選択肢を踏まえ、いつ、誰が、何を、どのようにするのか、具体的行動やケアを計画する
⑤実践した内容と結果
(患者・家族の反応)
計画した具体的行動やケアを実践し、患者・家族等の反応を確認し、評価する

事例の中の情報から事実や価値を明確にする

 倫理カンファレンスでは、まず4分割法に情報を整理します(図1)。
 大まかな分類として、「医学的適応」には主に病気や治療、予後等に関すること、「本人の意向」にはAさんの意向や思い、意思決定能力に関すること、「QOL」には生活全般やその人の価値観に関わること、「周囲の状況」には家族背景や医療・ケアの状況、地域特性など人的・物的環境や資源について記載します。どこに記載してよいかわからない時は、とりあえずQOLに記載します。厳密に分けるようとしなくても、後から修正しても構いません。
 ここでのポイントは、事実を客観的に記載するということです。例えば「代替栄養法として経管栄養を開始した」ことは客観的事実ですが、「経管栄養を開始したがチューブを繰り返し自己抜去しており、本人は苦痛である」「経管栄養は生命維持のため必要である」には、個人の価値判断が含まれています。経管栄養が「苦痛を与えている」という価値判断は倫理4原則の「無危害(無害)」に、一方「生命維持に必要」という価値判断は「善行」に該当します。

 

生命倫理の4原則2)
・自律性の尊重
・無危害
・善行
・公正

 

 同じ経管栄養という事実に対して、「Aさんに苦痛を与えたくない(無害)」「Aさんの生命維持に必要だ(善行)」という異なる価値判断が存在していることがわかります。その価値判断は、個人や関係性(家族、医療者)、職業(医師、看護師)等によって異なります。
 そして、本人の意向や周囲の状況には、医療者が「本人(家族)はもしかしたらこう思っているかもしれない」といった類推を避け、本人・家族が発言した内容そのままを記載します。
 実際の倫理カンファレンスでは、この段階で記載のない情報を多職種から追加して参加者で共有し、必要と思われる情報の有無や内容を質問する、確認する作業が加わります。


図1臨床倫理の4分割法を用いた情報の整理

医学的適応
・既往:高血圧
・誤嚥性肺炎で入院、抗生剤、絶食・補液、酸素投与で改善
・せん妄発症、薬物治療で改善、食欲不振は継続
・嚥下障害悪化し、経口摂取困難
・代替栄養法として経管栄養を開始

本人の意向
・経管栄養について医師、長男・次男より説明を受け同意
・チューブの自己抜去が続く
・「これ(ミトン)を外してほしい、もうやめて」と涙ながらに訴える
・(意思決定能力)説明を聞きその場で理解することや意思表明は可能

QOL
・身のまわりのことは自立、要支援2
・数カ月前から食欲不振あり
・入院後廃用が進行し、ADL全般に一部介助が必要な状態

周囲の状況
・夫は施設入所、長男・次男と同居
・長男・次男は「母が衰弱していくのを見るのはつらい」と経管栄養を希望


倫理的課題の抽出

 先ほど、客観的事実と価値判断の話をしました。
 次に、この4分割表を眺め、「もやっとする点」「問題と感じる点」について話し合い、この事例における倫理的課題を抽出します。
 実際の倫理カンファレンスでは、病棟看護師より「Aさんは経管栄養中両手にミトンと両上肢拘束をしているが、身体拘束をとても嫌がる様子がある」ことから、「嫌がるAさんに身体拘束をして経管栄養をしてよいのか」という思いが表出されました。一方、長男・次男の「経管栄養をして生きてほしい」という意向をないがしろはできない、という医師の思いが話されました。

 

 ここでの対立、ジレンマは、生命維持のための経管栄養の実施(善行)VS身体拘束による苦痛(無危害)、家族の意向(善行)VS Aさんの意向(自律尊重) と考えられます。
 
 ここで、皆さん、「あれ?」と違和感を覚えませんか?
 そうです。Aさんの経管栄養に関する意向、家族が身体拘束をしてでも経管栄養をしてほしいと思っていることを、Aさん自身がどう理解し感じているのか、実際のところ誰も聞いていない、確認していないのです。このように不足している情報に気づくことで、次のステップ(選択肢の検討、具体的行動やケアの検討)につながります。
 倫理的課題解決のプロセスに沿い、情報を整理し、多職種で情報を共有し話し合うことにより、自分とは異なる価値(家族、医師)に触れ、倫理的課題(ジレンマ)を探ることができます。

 

 次回は、この事例検討の続きとなる、「選択肢を挙げ、メリット・デメリットを検討する」「患者の最善の利益の視点から、具体的行動やケアを検討する」について、解説したいと思います。

 

引用・参考文献
1)Jonsen AR, Siegler M,Winslade WJ:Clinical Ethics, 9th ed.A Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical.MCGRAW HILL EDUCATION.2022.
2)Tom L. Beauchamp TL:生命医学倫理 .成文堂.1997.


(掲載内容は架空の事例であり、実在の人物とは関係ありません)