【vol.23】みかん  | 私はミューズとゼウスのケアラーです

2026/03/10

韓国の介護現場で働く作家が送るケア文学

 激しいスピードで高齢化が進む隣国で、 ケアの最前線に立つ作家による、初の日本語エッセイ連載スタート!! 昼は介護の仕事をして夜は文章を書く、作家イ・ウンジュの連載が始まります。日本の介護福祉士にあたる、「療養保護士」という韓国の介護の国家資格を持つイ・ウンジュさんは、自身もケアの現場に立ちながら、ケアに関する文章を韓国語で発表する数少ない作家です。
  • そんなイ・ウンジュさんは韓国で、ケアについてのエッセイ三部作(『私は神々の療養保護士です』こんなにいてれたでしょう』『東京因縁)を出版して話題を集め、2023年には母親の在宅療養保護の経験を盛り込んだ『ケアの温度』を刊行しました。ケア部作の『私は神々の療養保護士です』では、療養保護士として歩んだ療養院での日々から訪問介護に至るまでの道のりについて、『ケアの温度』では、誰かをケアする時の適切な距離感・温度感とレジリエンスについて、やさしい筆致で綴っています。この連載では、イさんの目に映った韓国の介護現場から、「ミューズとゼウス」のためのケアについて考えます。 


両手が麻痺しているミューズの病名は「脊髄頚髄神経麻痺」だ。今日も私たちは二人で歩いた。手をつなぐ代わりに、ミューズの脇の下に手を差し込んで。低く歌を口ずさむミューズ。3週間ぶりに聞く歌で、うれしかった。

ミューズは数日間、沈黙していた。もともと口数の少ない彼女だが、病人の微笑みとは思えないほど明るい笑顔が消えてしまい、私は心配になった。

初めて訪れた日、玄関には空の焼酎瓶が並んでいた。妻の看病に疲れたときに飲む酒を責めるわけにはいかないが、ミューズから消えた微笑みが、どうしてもゼウスの酒が原因ではないかと思わせた。だから入浴のお手伝いをしながら尋ねた。


「このあざは、どこでできたんですか?」

「知らない」

彼女の「知らない」を、どう解釈すべきか?


石鹸の泡を洗い流しながら、ミューズの「知らない」をそのまま受け入れることにした。


小川よ、流れて流れてどこへ行くの。

川の流れに沿って行きたくて、川へ行く。

川よ、流れて流れてどこへ行くのか。

広い世界を見たくて、海へ行く。


両手が麻痺しているミューズが再び歌うまでに、3週間かかった。自分の宇宙の中で、捨てるべきものは捨て、抱きしめるべきものは抱きしめ、忘れるべきものは忘れるのに、3週間かかったのだろう。


歌を取り戻し、笑顔を取り戻すと、ミューズの注文が増えた。


「バンドエイドを買いに薬局に行こう。眉の上がかゆい、かいて。鼻水、鼻水拭くからティッシュを」


30年余り麻痺していた手が治ったら、まず何をしたいかと尋ねると、家事をしたいと言う。心の中で心配ばかりし、観察ばかりしていた私は、ようやく謎が解けたようで安堵する。


「なるほど。あなたはそこまで自分の手で家事をやりたかったのですね。胸の傷や、手首にあった火傷のことですよ。その傷は、まだ熱いうちに鍋を抱えて移動しようとして、やけどされたのかもしれませんね。これからは、ゼウスがお出かけになってお帰りになるまで、必ずお待ちください」

 
薬局へ行き、部屋の掃除をし、お風呂に入れて、昼食の世話を終えると、約束していた3時間はあっという間に過ぎていた。


「他にやることはありませんか?」と私が尋ねる。


ミューズが微笑みながらみかんを指さす。私はみかんの皮を剥き、二つずつペアにして分けておく。



著者紹介
 イ・ウンジュ 이은주



 1969 年生、作家、翻訳家。日本に留学し、1998 年に日本大学芸術学部文芸学科を卒業。20 代から翻訳家になることを夢見て、家庭教師として働きながら翻訳した『ウラ読みドストエフスキー』(清水正)で夢をかなえる。その後も仁川国際空港の免税店で働きながら、休憩時 間は搭乗口 31 番ゲートで訳し、仁川への通勤電車でも訳し続け、『船に乗れ!』(藤谷治)、 『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(山極寿一)をはじめ、十数冊もの日本書籍を韓国に広める。おばあちゃんっ子だったイさんは祖母の逝去をきっかけに、高齢者施設でボランティア活動を始め、その後療養保護士の資格を取得。昨年からは認知症になった実母の介護を行う。「ケア」と「分かち合い」について、文学の一形態として追及してみたいという気持ちから、高齢者のケア現場についてのエッセイを三部作で発表し、韓国で共感を呼ぶ。現在、認知症で苦しんでいる母親の世話をしながら、翻訳、執筆活動と共にメディア出演、講演活動を続けている。