独立・開業で広がる!ソーシャルワーカーの新しい働き方ガイド Vol.14 今後の課題と展望:理念を現実に、事業を未来へつなぐ「しなやかな覚悟」

2025/12/05

福祉職(社会福祉士・介護福祉士・ケアマネジャー等)必見!

著者
小川 幸裕(弘前学院大学社会福祉学部教授)
横田一也(株式会社カラーサ・社会福祉士事務所カラーサ代表)


 Vol.13では、社会への違和感を原動力に、信頼できる仲間と共に独立・開業された髙田さんの事例をご紹介しました。その歩みは、独立・開業の「その先」、つまり事業をいかにして継続させ、未来へとつなげていくかという「課題と展望」を考えるうえで、多くの重要な視点を与えてくれます。
 今回は髙田さんの事例から、多くの独立開業者が直面する「ライフワークとライスワークのジレンマ」、「事業の継続性」、そして「社会的な認知度」という3つの課題に焦点を当て、その乗り越え方を解説します。


1. 「赤字事業」を止めない経営 ―「理念」と「収益」の両立

 髙田さんの話のなかで、事業継続の核心に触れるのが「赤字事業を補填する黒字事業を行う」という考え方です。独立・開業後に多くの人が直面する、「理念」(やりたいこと)と「収益」(事業の継続)というテーマに対し、高田さんは「対立」ではなく「両立」させることを大切にしています。
 理念として掲げた個別支援を続けるためには、それを支える事業の継続が不可欠であり、逆もまた然りです。事業で得た収益や信頼が、支援の質を高め、事業全体の社会的価値を向上させるのです。たとえば、収益化は難しいけれど、地域に絶対必要だと信じる支援を、安定した収益が見込める事業で支える、といった形です。
 赤字部門は縮小・廃止の対象になりがちです。しかし、髙田さんは「一人ひとりの人を大切にする」という譲れない理念を事業として継続させるために、あえて赤字を許容し、それを事業全体で補うという経営判断をしています。これは、単なる資金繰りの話ではありません。何を守り、何によって稼ぐのか。その明確な事業設計こそが、理念を絵空事に終わらせないための、現実的な戦略なのです。


2. 理念を支える「リアルタイムな意思決定」― 事業継続の生命線

 事業バランスを巧みにコントロールするには、それを可能にする組織の仕組みが不可欠です。髙田さんはその鍵として、「リアルタイムに素早く行える意思決定の仕組み」を挙げています。これは事業継続性を左右する、極めて重要なリスク管理の仕組みです。
 たとえば、黒字事業の収益が予測より下振れした場合、大規模法人であれば対策会議を重ねる間に数ヶ月が経過してしまうかもしれません。しかし、髙田さんのような体制であれば、即座に「赤字事業の経費を一時的に抑制しつつ、別の収益源を探る」といった判断を下し、致命的な経営悪化を未然に防ぐことができます。このスピード感が、事業継続の生命線となるのです。
 意思決定の階層をシンプルにし、現場の状況に応じて素早く経営判断を下せる体制は、特に小規模な事業所の大きな強みとなります。この組織的な俊敏性が、理念に基づいた柔軟な支援と、事業全体の安定性を両立させることを可能にしています。

 


3. 誠実な姿勢が、社会的な認知度を高める― 不安と向き合い、出会いを力に変える

 事業戦略や組織論だけでなく、髙田さんの言葉は、独立する個人の「あり方」にも光を当てます。特に、ゼロからスタートする独立開業者が必ず直面する「認知度の低さ」という壁をいかにして乗り越えるか、そのヒントが隠されています。
 独立・開業の場合には、広告も大切ですが、行政や医療機関、他の専門職といった「つながりのある専門家」からの信頼できる紹介、口コミが重要になります。髙田さんが時間をかけて行う理念の説明や、利用者本位の誠実な契約手続きは、まさにこの信頼を一つひとつ積み重ねる行為に他なりません。
 「人との出会いを大切にできる人」が事業を広げ、認知度を高める。これは、一つひとつの丁寧なかかわりが信頼を育み、結果として「次も会いたい」と思ってもらえる関係性を築き、それが口コミとなって新たな出会いにつながっていくことで支えられます。この誠実な姿勢こそが、事業の発展と社会的認知度を高める、最高の広報戦略と言えるでしょう。
 髙田さんの事例は、周到な準備と事業設計という「覚悟」と、状況に応じて変化できる組織や個人の「しなやかさ」を両輪とすることの重要性を示しています。そして最後に、高田さんはこう締めくくります。「あとは『運』を信じて、動いてみましょう」と。その一歩を踏み出す勇気こそが、未来を拓くのかもしれません。


著者紹介

小川 幸裕(おがわ ゆきひろ)

弘前学院大学社会福祉学部 教授/社会福祉士。
独立・開業したソーシャルワーカーを対象とした調査に基づき、ソーシャルワーク実践の構造や要因を分析。研究活動の傍ら、地域の活動をとおして地域の社会福祉連携の推進に貢献し理論と実践の架け橋となる活動に取り組む。

 

横田 一也(よこた かずや)

株式会社カラーサ・社会福祉士事務所カラーサ 代表/認定社会福祉士(地域社会・多文化分野)・介護福祉士・介護支援専門員・大阪府人権擁護士等。
障害者・高齢者福祉分野を中心に支援経験を重ね、2012年に独立。ソーシャルワーカーとして子どもから障がい者・高齢者まで幅広い支援活動を行う。成年後見人等の受任のほか、スクールソーシャルワーカーや大学等講師を務める。訪問ケア・人材育成事業で地域に根ざした活動を展開。