住まいの支援‐考え方と取組み 居住支援って何? 第4回 退去を支援するしくみ
2025/06/17

著者岡部 真智子(おかべ・まちこ) 地域で安定的な居住継続を支える研究を続けている一方で、社会福祉専門職養成に関する研究にも力を入れている。 連載にあたって人が生活を営む場となる住まいは、安全・快適で安心できる環境であることが求められます。 住まいは、食べる、寝る、くつろぐ、身をまもるための拠点となることはもちろん、住所があることは、福祉サービスや行政サービスを利用する際の絶対条件となります。 |
近年、「居住支援」は、住まいを確保するための支援に加え、住み続けるための支援、退去する際の支援の総称だと考えられています。
また居住支援は、住まいを確保したい本人はもちろん対象ですが、貸し手である大家や不動産会社も対象だと考えられています。それは、大家や不動産会社の負担を減らすことで、貸し渋りを減らすことにつながるからです。
今回は、退去する際の支援のしくみに着目します。退去時に起こる困り事にはどのようなものがあり、その際どのようなしくみがあればよいか考えていきます。
賃貸住宅からの退去が円滑に進まない
賃貸住宅に住んでいた人が退去する場合、住人が大家や不動産会社等に連絡し、自らの荷物を片付け、退去するといった流れが一般的かと思います。
しかし、そこに住んでいた住人が亡くなって、住まいを明け渡す場合にはどうなるでしょうか。
家財道具が処分されない場合
残された家財道具を処分する人、家賃の清算をする人が必要になります。こうした人がいない場合、いつまでも家財道具は残ったままで、大家や不動産会社は次の住人を入居させることができません。
住まいに残された家財道具は、ゴミではなく、所有権がある財産であるため、住人が亡くなったからといって、大家や不動産会社が勝手に処分することはできないからです。
公営住宅のなかには、複数の空き室がかつての住人の家財道具で埋まっているところもあるそうです。
孤独死があった場合
賃貸住宅内で孤独死があった場合にも、家の空け渡しは簡単ではありません。孤独死の発見までに時間がかかると、部屋ばかりでなく住宅そのものに臭いや体液等が染みてしまい、その後の対応に多くの時間や費用を要します。
特殊清掃の業者にかかる費用は大家の負担となります。連帯保証人がいればそちらに請求することができますが、そうでなければすべて大家が負担することとなってしまいます。
さらに、大家は金銭的な損害を受けるばかりでなく、周辺住民の苦情への対応や遺族とのやり取りをしなければならず、大きな精神的負担を負うことになります。
単身高齢者の入居が拒まれる傾向にあるのは、こうした事情があるためです。
退去が円滑に行われるようになるには?
では、どのようなしくみがあれば問題の解決につながるのでしょうか。
その1‐空け渡し時の家財道具の取り扱いを決めておく
住人の死亡等により賃貸借契約が終了した場合、家財道具が残されます。片づけてくれる人がいない場合、家財道具の扱いに困らないように、あらかじめ家財道具の取り扱いについてルールを決めておくことは有効です。
例えば、大家や不動産会社と借り手となる住人との間で、「家財道具が残されている場合には、賃借人は所有権を放棄し、賃貸人がこれを処分することに異議を述べない」といった趣旨の覚書等を入居時に取り交わしておくといった方法がその一つです。
その2‐いざというときのための緊急連絡先
多くの賃貸住宅では、入居時に緊急連絡先を必要とします。緊急連絡先は、施設への入所時や入院・手術の時にも求められますが、その内容は同じとは限りません。
賃貸住宅の緊急連絡先は、保証人とは異なり、金銭的な責任は求められません。よって、本人とすぐに連絡が取れる間柄であれば、親族に限らず、知人や友人でも緊急連絡先となることができます。
単身世帯が増加する近年では、緊急連絡先を代行するサービスを展開する事業者も増えてきました。
関連するしくみ‐死後早期発見につなげる見守り
人はいつか、死を迎えます。住宅の中で亡くなることを防ぐことはできません。問題なのは、死後、発見までに時間がかかることです。
近年、さまざまな形で見守りが進められています。週に複数回の福祉サービスを利用することが見守りにつながっていることもあります。いざというときにあらかじめ登録された連絡先に通報する機器も普及してきました。家の中に異変を察知するセンサーを取り付けることが見守りになっています。
また、地域全体で見守りのしくみを築いているところもあります。新聞が郵便受けに溜まっている、昼でも電気がつけっぱなしになっているなど、いつもと様子が違うことに気づいた近隣住民が連絡できるよう、通報先となる機関を決めておくことで、見守りにつなげています。電気やガスの検診時に異変を察知した電力会社やガス会社の担当者が連絡しやすいよう、通報先を掲示・通知しておくのもその一つです。
おわりに
「居住支援」と言うと、「住まい確保のための支援」というイメージを持つと思いますが、退去の際の手続きを円滑に進められるようにしくみをつくっておくことも、重要であることがおわかりいただけたでしょうか。
入居者・住人と大家・不動産会社の二者だけで解決しようとすれば、入居拒否が生じます。個人レベルの困り事とせず、多くの人に共通して起こりうる困り事だと考え、社会や地域で資源を用意することで、解決できる場合があります。
居住支援を進めることは、住まいを確保できない人に安心・安定した暮らしをもたらすだけでなく、貸し手側である大家や不動産会社の安心にもつながります。
誰もが安心して暮らせる社会は、多くの人が望む社会といえるでしょう。