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強い口調で罵倒される、人格を傷つける発言があるなど、職員が利用者からハラスメントを受けて困っています。

Q,【利用者からのハラスメント】強い口調で罵倒される、人格を傷つける発言があるなど、職員が利用者からハラスメントを受けて困っています。

もっと詳しい状況は?

特別養護老人ホームの利用者Aさん(70代前半・男性)は、食事の配膳、下膳を巡って職員を強い口調で注意し、気に入らないことがあると対応した職員を大きな声で罵倒します。また、「もっと一生懸命働け」「そんな体型だから動きが遅い」「本当にここの職員か」など職員を傷つける内容があります。
Aさんと家族との関係は悪く、入所契約後一度も面会に来ていません。
Aさんからのハラスメントに対して職員は、逆らわず、謝罪をしたり、聞き流したりして、できることは対応するように心がけていますが、対応を誤るとハラスメントが繰り返され、職員はだんだん疲弊してきています。

A,利用者からのハラスメントは曖昧にせず「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」(厚生労働省)を参考にして、問題へ積極的に取り組みましょう。

【ポイント】
●個人ではなく、組織的、総合的な対応をしよう
●利用者、家族と事業所であらかじめ契約の範囲を明確にしておこう
●発生状況や経過の情報収集・状況分析・対応方法を検討しよう
●利用者の疾患や障害、生活背景に対する知識や介護技術を取得しよう
●法令に則り、行政・警察・事業者団体などと連携しよう

【先生の解説】
 近年、利用者や家族などによる介護職員への身体的・精神的暴力、セクシャルハラスメントが発生しています。
 ある調査では、過去1年間に利用者本人からのハラスメントを受けたことがある介護従事者の割合は、特別養護老人ホームでは62%、グループホームでは55%、有料老人ホーム等では48%でした。
 さらに、ハラスメントを受けた3人に1人は離職意向を高める傾向があることが示されています。介護職員が不足している中、利用者からハラスメントが離職につながることは、介護職員のみならず事業所にも大きな影響を及ぼす問題です。


 2019年4月、厚生労働省は「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」を示し、利用者・家族等からのハラスメント防止のためは、ハラスメントを黙認するのではなく、リスクマネジメントの一つとして法人全体で積極的に取り組む必要性があることを強調しています。

 そこで、事例に基づいて本マニュアル沿ってハラスメント対策について考えてみましょう。

個人ではなく、組織的、総合的な対応をしよう

 マニュアルでは、組織として体系的にハラスメント対策に取り組むことを求めています。例えば、「ハラスメントは組織として許さない」など、事業所としての明確な基本方針を示すことです。また、対応マニュアルの作成、ルールや手順を明確化し、それらを職員間で共有するなど、通常のリスクマネジメントと同様にP D C Aサイクルの考え方を応用するなどです。


 質問の場合、職員が一様にAさんは「このような方」だと、腫れ物に触るように認識し、逆らわず、謝罪をしたり、聞き流し穏便に済まそうとしています。
 このような個人個人の場当たり的な対応に任せてしまうと、その対応を間違えばそのたびにAさんから次の苦情がくるといったことが続き、職員もだんだん疲弊してきてしまうでしょう。

 また、すぐに実施できる対策として個室の利用が考えられますが、Aさんと家族との関係は悪く、入所契約後一度も面会に来ていません。収入の関係で個室の利用は難しいと言われています。

・契約の範囲を明確にしておく
 まず、契約範囲外のサービスを利用者に強要されないよう、利用者や家族にあらかじめ曖昧になりがちな生活支援の範囲を明確にして、サービスの契約範囲を説明します。
 そして、契約解除する場合の具体的なハラスメント例を示します。

【ハラスメントの例】
・身体的暴力(物を投げる、蹴る、叩く、ひっかくなど)
・精神的暴力(怒鳴る、刃物を向ける、威圧的な態度で文句を言い続ける、職員側に落ち度がないのに謝罪を要求する、威嚇する、職員や他利用者を誹謗するなど)
・セクシャルハラスメント(抱きしめる、体を触る、卑猥な言動をするなど)

・ハラスメントの実態の把握と対応策を共有する
 次に、自職場でのハラスメントの実態を、記録の確認や職員への聞き取りにより把握し、どのような場面で何が起きているのか状況分析をします。そして、具体的な対応方法の必要性を管理者、介護職員、利用者、家族と共有します。
 対応方法ですが、例えば軽微なハラスメントは黙認されるケースがあることから、法人内に相談窓口を設置することで、ハラスメント発生の未然防止に努めることができます。
 施設では、家族や身元保証人が一旦利用者を預けると関係が希薄になるため、事前に契約解除の要件や、協力を依頼することで、のちの問題解決につなげることができます。
 また、介護保険法上、正当な理由がなく契約を断ることはできないので、事前の説明と合わせて保険者(市町村)に随時相談しておきましょう。そのためにも、マニュアルに基づいた対応が重要になります。

利用者の疾患や障害、生活背景に対する知識や介護技術を取得しよう

 高齢者施設におけるハラスメントやよくある粗暴かつ自己中心的な性格などは、精神障害や認知症による行動障害など疾病や障害が原因となっていることがあります。そのため、それらの知識や適切な介護技術の取得がハラスメント解決に役立つことがあります。


 Aさんは実は、仕事中に若くして倒れた後、後遺症が残り、60代で施設入所しています。そして、脳血管障害の後遺症や認知症の症状としての感情障害があります。また、生活歴や職歴の影響もあります。原疾患や障害の特徴、生活歴などの背景要因や現在の環境要因をアセスメントして、ケースカンファレンスで対応方法を共有しましょう。

 ただし、法人の方針として過度な要求には応えない、毅然とした態度で接するようにしましょう。そのためには、ハラスメントに関する知識や対応方法に対する研修会や話し合いの機会を設けることも必要になります。

法令に則り、行政・警察・事業者団体などと連携しよう

 利用者からのハラスメントは、介護職個人や事業所だけで抱え込むのではなく、適切に法令に則して行政(保険者)や地域包括支援センター、嘱託医、保健師など他の専門職、もしくは警察、事業者団体、第三者委員、介護相談員など、他組織と連携して毅然とした態度で取り組むことが大切です。

 質問の施設に関してはAさんからのハラスメントに対して、介護主任やケアマネジャーを中心にチームとして他職種で介入し、ケア会議を重ねることがよいでしょう。
 ユニットとして対応できることは改善し、相談しながら取り組むなど、事業所内の職員で解決できることはやりましょう。定期的に第三者委員や介護相談員にAさんの要望を聞いてもらう機会を作ることもよいことです。

 しかし、行き過ぎたハラスメントに対しては保険者に相談する、認知症や精神障害の特性に対しては専門医や保健師、精神保健福祉士などの意見を聞く、暴行や脅しについては弁護士や警察の協力を得るなど、事業所外にも適時相談しておくことが大切です。

ハラスメントの状況を正確に把握し、状況に沿った対策を立てよう

 利用者からのハラスメントは、利用者・家族の置かれている環境、生活歴、職員との相性や関係性など様々な要因が関連しています。

 そのため、「こうすれば解決する」という統一的なハラスメント対策はあり得ません。ハラスメントが発生した都度、その状況、対応経過など正確に情報収集し、ケースに沿った対策を立てることが重要です。

 Aさんの言動は職員に対する精神的暴力に当たると思われます。
 この場合、ハラスメントの起きた状況に対してのちに、「言った、言わない」と事実がすれ違う可能性があるので、職員の記憶に頼るのではなく、音声や映像といった正確な記録を残すことも大切です。


 また、ハラスメントは立場が変わると、利用者への虐待になりえます。そのためにも介護職員個人の問題として、密室で解決するのではなく、事業所、地域でオープンにする必要があります。
 リスクマネジメントによる解決のプロセスやリスクの予見は、クオリティマネジメント(サービの質の向上)と表裏一体の関係にあります。適切に介助するためには適切にハラスメントに対処することが重要です。

この記事は私が書きました

宮島渡(みやじま わたる)

日本社会事業大学専門職大学院特任教授
全国認知症介護指導者ネットワーク代表

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