ページの先頭です。

ホーム >> 家庭介護サポーターズ >> とんちンカン~福祉・介護・看護・医療の発想デザイン
とんちンカン~福祉・介護・看護・医療の発想デザイン

土用の丑(うし)の日 

「土用の丑の日」は鰻の蒲焼き料理
暑い夏を乗り切るためには栄養満点

季節感を失った現代ではウナギ弁当
コンビニでいつでも手に入る私たち

認知症高齢者はウナ弁を食べないが
日本の豊かな歳時記で生きた人には
「土用の丑の日」の鰻こそご馳走だ

季節感を「認知」できない現代人と
季節感を「認知」できる認知症の人
はたして どちらがトンチンカン?

続きを読む

◎今年の「土用の丑の日」は昨日の7月24日と8月5日である。大分県別府市などで認知症高齢者ケアを先進的に実践してきた「総合ケアセンター泰生の里」の雨宮洋子施設長から聞いた話は興味深かった。
 それはリアリティ・オリエンテーション(現実見当識強化法)を組み入れた「総合おもいで活動」である。たとえば「土用の丑の日」でいえば、認知症の人の五感を刺激するために、あのニュルニュル感を素手で触ってもらい、しかも生臭さを嗅いでもらう。そして目の前で鰻をさばいて、炭火で焼き、タレをつける。あの香しい臭いと煙が立ちこめる。そしてご飯に焼きたての鰻を載せる。これが「鰻料理」であり、認知症の人は喜んで頂くという(『専門性あるケアのために老年期痴呆のケア実践』雨宮克彦・雨宮洋子著、一橋出版、2001年)。
 この話は、私が認知症ケア関係などで講演するさいの美味しい素材のひとつであるが、歳時記と季節感を忘れたニホンジンへのヒントでもある。逆に認知症の人は「日本の文化」を伝承している人ともいわれる。


コメント


生きているウナギを素手で触るというのは、五感を刺激しそうですね。
私が子供のころは、天然鰻しか食べたことがなくて、養殖の鰻を初めて食べた時の食感の違いの驚きは、今でもはっきり思い出せます。認知症の義理の母の田舎では、お客(土佐の宴会)の時には、さわち(直径4~50㎝の大皿)に天然鰻の蒲焼きが山盛りに出されたそうです。半世紀以上も前の話ですが。
今年あたりは、国産の物だと、1匹1500円位してて、そうそうパクパク食べられないので、子どもたちには、土用の丑の日にしか、食べさせません。だから、うちの子たちは、鰻の蒲焼きは食べる日が決まっているんだ、と認識していると思います。いろいろと便利な世の中ですが、日本の季節の食材や行事など、おざなりにせずに過ごしていけたらいいですね。


投稿者: ダリア | 2008年07月25日 14:27

日本人が季節に対して敏感で、自然と季節を暮らしに滲ませて生活していると言われていますが、“土用の丑の日”を読んで、それは現代人とは言わず、昔の日本人と認知症の人を指したことが分かりました。同時に、“認知症の人は「日本の文化」を伝承している人”として、認知症の介護を日本文化とつなげて、介護福祉を探求しようとされる事も分かりました。


投稿者: 中国大連大学 王 国忠 | 2008年07月26日 08:51

テレビで鰻が店のいけすから160匹盗まれて、30万円相当の被害だったとか流れていたが、もうそろそろ土用の丑がやってくるかと思いきや、ほかにわ共和国の昨日の昼のご馳走は鰻だった。
学生時代七割引の学生割りの切符と急行券で、東京~長崎間を丸一日かけて走る急行雲仙号は2000円で乗れたが、浜名湖を通過するたびに「鰻の駅弁当」は高嶺の花だった。
今施設でも歳時記のメモを読みながら栄養士が配慮してくれる献立に「うなぎ」は定番である。
私は施設での食文化は最も重視しなければならないことだと感じている一人です。
中でも、知的障害者が地域での生活はグループホームが主流に成りつつある現況で、食についてのサポートの重要性に危機感を持っている関係者が少ないことに気がつく。
もしかしたら、生活面での配慮、極めて身近な面での気づきが男性には不得意なのにその責任者は?・・
昨年でしたが、知的障害者の地域生活のなかで食生活や栄養のことに関しての、全国会議があるというので、当方人の栄養士が選ばれて出席し、県内から一人でしたとの報告を受けたのでしたが、知的障害者の健康等を考えますと、その受け皿はその指導体制は無防備でお粗末様であるようです。
季節のものを美味しく頂き、「お粗末さま」とスタッフが自嘲気味に言うのではなく、「ごちそうさま」とお互いに言えるような関係でありたいものです。次の土用の丑の日は納涼祭で鰻は無理かも。
次の鰻とのご縁は運動会(10月12日)で毎年好評のほかにわない「うなぎのつかみ取り」になります。どうぞおたのしみに。


投稿者: ほかにわ | 2008年07月26日 11:30

昔から受け継がれる日本の季節感を私たちは知らない。
認知症の方々が見せる様子から私たちは日本の季節感というものを学ぶことができるんですね(´∀`人)


投稿者: SY | 2008年07月26日 23:51

雨宮施設長さんも素晴らしい方ですね。尊敬します。介護に携っている方たちも有難うございます。季節の物しか食べなかった昔の人は、豊かですね。私が子供の時は、うなぎを買いに行くと、うなぎの頭に串を刺し、さばくところを見なけれが買えませんでしたので、可哀想と思い、大切で有難く、食べる事に感謝しました。昔の良い所は子供たちにも残したいですね。このブログはカタカナ語が日本語でも書いてあるので助かります。日比野先生の優しさが感じられます。


投稿者: 西川 | 2008年07月27日 08:23

「土用の丑の日」といえば
この日を「うなぎの蒲焼の日」とキャッチコピーで広めた平賀源内。
時代を先取りした天才も当時は奇人変人扱いだったとか。
今、昭和30年代ブームといいますが
その時代を生きた認知症の人たちが知る生活習慣に
学ぶことが本当は多いのかもしれません。
後世の人が認めるのではなく、「認知症の人は、日本の文化を伝承している」ことを、今、認めていかないといけないとかもしれません。
今、世の中がちょっとおかしいですよね。


投稿者: iwa | 2008年07月27日 10:26

僕の住んでいる名古屋は「ひつまぶし」が名物。僕は、うな丼もひつまぶしも大好きです。でも、
土用の丑は、去年は農薬問題があり、今年は産地偽装と、安心して心から楽しめませんでした。
昔はうなぎを食べるには、うなぎ屋か魚屋で買って食べました。「うなぎは匂いで買わせる」ように、店から漂う匂いで誘われ食欲を刺激され、フタを開けた時の立ち上る蒸気を見て、熱々の香ばしく軟らかいうなぎをほうばる喜びがありました。うなぎを食べる事は「五感」をフルに刺激される事でした。
しかし、今ではコンビニやスーパーで簡単に安く買う事ができます。でもそれは、とても無機質な感じがします。昔に感じていた、五感を使って食べるうなぎを食べる喜びも無ければ贅沢さ、ありがたみも無くなってきました。今と昔はどちらが幸せ(豊か)でしょう?
現代は、季節感や季節の楽しみが薄れてきました。サンマもみかんもトマトも年中食べる事ができます。今では「しもやけ」は死語になり、「あせも」もならなくなりました。現代の人は、四季の苦しさも喜びも感じる機会が減りました。
今の世の中は、人と自然、人と人が触れ合う距離が遠くなった気がします。
リアリティーオリエンテーションを行うロボットも開発中ですが、人間同士の触れ合い、自然との共生を大切にしていけたらなと思います。


投稿者: 名古屋のKEN | 2008年07月29日 23:54

ボンジュール!
長崎では貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。
長崎の被爆者・渡辺千恵子さんの遺品を大事に保管してくださって、感謝します。
バリア・フリー、交通権など次々と日比野先生が生み出した言葉が日本社会の常用語になっていますね。
心配症の私の友達に教えてくださった、「心配」に「り」を足して「心配り」になる話はとても効果的でした。日比野先生の常に柔軟でユーモアのある発想と表現は大きな力を持っています。
これからもブログを楽しみにしています。

ところで、フランスにも鰻があります。
すべて天然。
食べ方は日本式の方が美味しいと思います。
パリに鰻専門の日本料理店がありますよ。
天然の鰻を食べたい方、パリへどうぞ。


投稿者: 美帆シボ | 2008年07月30日 18:20

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

コメントを投稿する




ページトップへ
プロフィール
日比野正己
(ひびの まさみ)
長崎純心大学大学院教授&現代福祉学科教授。福祉のまちづくり+バリア・フリー・デザイン=福祉デザインを提唱する日本初の博士(社会福祉学)。独自のHM(叡智・笑む)法によってバリアをフリーにデザインするプロの技を建築・福祉などの分野で楽しく深く教授すること30年以上。著作多数。
メニュー
バックナンバー
その他のブログ

文字の拡大
災害情報
おすすめコンテンツ
福祉資格受験サポーターズ 3福祉士・ケアマネジャー 受験対策講座・今日の一問一答 実施中
福祉専門職サポーターズ 和田行男の「婆さんとともに」
家庭介護サポーターズ 野田明宏の「俺流オトコの介護」
アクティブシニアサポーターズ 立川談慶の「談論慶発」
アクティブシニアサポーターズ 金哲彦の「50代からのジョギング入門」
誰でもできるらくらく相続シミュレーション
e-books