ナッジのススメ 最終回 特殊詐欺の被害がなくならないのはなぜ?
2025/12/18
感情の習性に沿って、望ましい行動へと促す手法「ナッジ」。
今回も「介護の現場でのコミュニケーションを円滑にするためのナッジ」について、ナッジを用いたヘルスプロモーションを研究している竹林正樹さんと、在宅を中心とした高齢者支援に奔走する橘友博さんが語り合います。
橘 竹林先生に相談です! 私の知り合いの高齢者が特殊詐欺の被害にあいそうになりました。しかし、その方は認知機能の低下はなく、特殊詐欺の手口も知っていたようでした。なぜだまされてしまったのでしょうか。
註:特殊詐欺とは、犯人が電話をかけるなどして、対面することなく相手を信頼させ、指定した預貯金口座への振込その他の方法により不特定多数の者から現金等をだまし取る犯罪の総称
竹林 詐欺グループは、常に「いかに相手からお金を効率よく引き出せるか」を考えて人間を観察し、実践しているプロ集団だからです。実際、オレオレ詐欺では、被害者の約97%が詐欺の手口を事前に知っていたというデータがあります。さらにそのうちの7割は、犯人からトラブルの内容(金銭を要求する口実)を聞かされる前に電話口の相手が親族だと信じてしまっていたのです。
橘 詐欺の手口を知っていても、だまされてしまう人が多いのですね……。
竹林 一方、高齢者の多くは楽観性バイアス(「自分は大丈夫」と考える心理)をもっています。内閣府の調査では、70歳以上の高齢者の80%以上が「被害にあわないと思う」と答え、そのうちの40%以上が「だまされない自信がある」と回答しています。さらに、約8%の人は「自分には関係のないこと」と回答しています。
橘 これはよくわかります。私の周りの高齢者も「自分には詐欺の電話はかかってこない」「電話がきても、返り討ちにする」と話しているのをよく聞きます。
竹林 高齢者が理性を機能させて楽観性バイアスを制御できれば、詐欺被害を防げるかもしれません。しかし、詐欺グループは、高齢者の理性が発動しないようなシナリオを作成し、タイミングを見計らって電話をかけてきます。
橘 詐欺グループが迫真の演技をするのは、理性を機能させないためだったのですね。
竹林 行動経済学の観点からはそのように解釈されます。さらに、楽観性バイアスが強い人は、被害にあった人に対して、「隙があったのだろう」「自分ならだまされない」という心理がはたらきます。そのため、被害情報を得ても、なかなか本人の教訓にならず、被害が繰り返されてしまうのです。
橘 どうすれば高齢者は楽観性バイアスから脱却できるのでしょうか。
竹林 それは難しいです。そのため、たとえば警察では「知らない電話番号からの着信は取らないこと」を推奨しています。
橘 でも、電話が鳴ると、つい反射的に受話器を取ってしまいますよね。
竹林 詐欺グループも高齢者が衝動的に受話器を取ることをよく知っているので、犯罪に電話が使われ続けています。そこで、対策として次のことをおすすめします。
●登録していない電話番号は、1コール目で留守番電話に切り替え、相手の声を確認する
●電話機の前に「番号と声を確認するまで出ないこと」という貼り紙をする
橘 それでも、うっかり電話に出てしまう人もいますよね。
竹林 そうした方には、次のナッジはいかがでしょうか。
【ナッジ】日頃から近所の人を「先生」と呼んでおく
橘 これはどういうナッジなんですか?
竹林 詐欺グループの「危険は冒したくない心理(リスク回避性バイアス)」に訴えるナッジです。これを習慣化することで、詐欺グループからの電話中にも「先生に声をかけておくね」といった言葉が出るようになります。すると、彼らは「先生って誰? もしかして弁護士? 大学教授? 面倒な人が出てくるくらいなら、電話を切ってしまおう」という判断をする可能性が出てきます。
橘 ご近所さんを「〇〇先生」と呼ぶのなら、すぐにできそうですね。
竹林 ふだんの生活でもご近所さんを「〇〇先生」と呼んだほうが、いざというときに「先生」という言葉が出てきやすくなります。これは「単純接触効果(何度も使っていると、愛着がわく心理)」に訴求したナッジです。
橘 でも、ご近所さんを「先生」と呼ぶのは恥ずかしいですね……。
竹林 そうですね。でも、地域のみんなが「先生」と呼んでいたらどうでしょうか?
橘 周りに合わせて「先生」と呼びます(笑)。
竹林 これは「同調効果(周りと同じ行動をしたくなる心理)」という現象です。詐欺の対策も地域全体で行ったほうが効果的です。
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竹林 今回でこの連載は最終回になります。いかがでしたか?
橘 ナッジは、仕事でも私生活でも活用できると感じました。何より楽しかったです。
竹林 それは何よりです。私はナッジの普及のために全国を旅していますので、またどこかで読者の皆さんとナッジのお話ができる日を楽しみにしています。
まとめ
詐欺グループからの電話を取ると、冷静でいられなくなるので、不明な着信には出ず、留守番電話で声を確認する。うっかり取ってしまった場合に備えて、近所の人を「先生」と呼んでおくのも効果的。
参考文献
警察庁「オレオレ詐欺被害者等調査の概要について」2019年 https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/higaisyatyousa_siryou2018.pdf
内閣府「『特殊詐欺に関する世論調査』の概要」2017年
https://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-sagi/gairyaku.pdf
竹林正樹
青森大学客員教授。青森県出身。行動経済学を用いて「頭ではわかっていても、健康行動できない人を動かすには?」をテーマにした研究を行い、年間10本ペースで論文執筆。各種メディアでナッジの魅力を発信。ナッジで受診促進を紹介したTED(テッド)トークはYouTubeで80万回以上再生。著書に『心のゾウを動かす方法』『介護のことになると親子はなぜすれ違うのか』など。
橘 友博
合同会社くらしラボ代表。介護福祉士、ケアマネジャーとして介護施設で勤務したのち、2015年に合同会社くらしラボを設立。「あなたの“ふつう”を考える」をコンセプトに複数の介護事業所を運営し、在宅を中心とした高齢者支援に奔走している。
